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塩の博物館

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たばこと塩の博物館だより
(注:Webマガジン『en』2002年12月号から2007年3月号に連載されたものです。)

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第21回 ~「町じゅうが塩だらけ」だということ~高梨 浩樹 たばこと塩の博物館 学芸員

前回までの「内陸製塩」「九州の塩泉」の話題からは全くそれてしまうのだが、今年も、「夏休み塩の学習室」について紹介させていただきたい。「夏休み塩の学習室」は、基本的には小学校高学年生を対象にした企画だが、一緒に来館する保護者の方に見ていただくことも想定しており、実際に、「内容を理解する」ためには大人の方でなければ難しいものも含んでいるため、今回も、ここで取り上げてさせていただくことにした。

たばこと塩の博物館では、今年も7月21日から8月31日までの期間、「夏休み塩の学習室」を開催している。これは、毎年小学校4・5・6年生を主対象に、実験などを交えて、おもに「科学的」な側面から「塩」を紹介しようという企画で、今年で28回目であり、毎年、少しずつ異なるテーマを設定して、その年ごとの「テーマ展示」を企画している。「塩の学習室」の全体像は、第10回で紹介したものと重複するので、今回の稿では「テーマ展示」の部分以外は省略する。

この連載の第16回で紹介したように、昨年の「テーマ展示」は、かなり実験的、冒険的なものであったが、今年は、その点では、穏当な企画である。また、第10回第16回で書いたように、テーマ展示が「私がその時点で関心を持っていたこと」に偏る傾向があったので、今回はオーソドックスな内容で、子どもの立場の方を優先して、「楽しんでもらえる」企画にしようと努めた部分も大きい。

今年のテーマ展示は、企画全体のタイトルともなっていて、『スーパーマーケットでさがせ!塩のひみつ』というものである。スーパーマーケットの商品を通して「知らないうちに様々な用途に使われ、身の回りで活躍している塩」に気付いてほしいという企画であり、一言で短く表現するなら「塩の使いみち」がテーマである。このように、一言で説明できる点も昨年のテーマ展示とは大きな違いである。

「塩の使いみち」についてのオーソドックスな内容のテーマ展示といっても、それは、関係者にとってオーソドックスなだけで、一般の方にとってはオーソドックスな話ではないだろうと思う。というのは、紹介する「塩の使いみち」のほとんどが食品以外の分野の話だからである。現在の日本では食用に使う塩の量は年間使用量の15%に満たない。残り85%の塩は、工業用など食用以外に使われている。それが、現在の日本の「塩利用の文化」なのである。これまでの連載で触れてきたような文化とはニュアンスが異なって感じられるかも知れないが、これも「塩利用の文化」であることは間違いない。

塩の年間使用量の85%が食用以外に使われるという事実は、塩の関係者には常識だが、ふつうは知られていない話である。それゆえ、「塩の使いみち」というテーマは、取り扱う内容そのものが「へえー、そうなのか!知らなかった」と言いたくなるものを含んでいるため、テーマとして成立しやすい。「塩の使いみち」をテーマにしたことは過去にも何回かあったが、これまでの経験では、塩に関わる品物を1つずつ「展示」して、どのように塩が関わっているかを「解説」する展示方法では、なかなか解説を読んでもらえないという難点があった。また、話題が塩だけでなく、ソーダ工業の原料として、例えば苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)などに姿を変えて使われる用途にもおよび、むしろ、ソーダ工業経由での用途の方が主役となるため、小学生には親しみにくいという難点もあった。

そこで、すでに企画のタイトルでも紹介したように、今年の展示会場には、『神南ストア』という架空のスーパーマーケットを作ってしまった。並べられた品物を子どもたちが手にとってカゴに入れ、レジに運んでバーコードを読ませると、レジの機械には、値段ではなく、塩との関わりかたが表示されるという趣向である。最後は「解説を読む」ことになるのは同じだが、自分で品物を手にとってレジの機械で「塩の使いみち」を探し出すという点では、単に品物が「展示」してあるのとは異なり、体験型で、能動的に調べる形になっている。展示が始まって10日間のようすでは、このしかけを楽しんでもらえているようである。

では、順番にそって内容を紹介したい。

塩の使いみちの概説とナビゲーターの紹介

『神南ストア』という架空のスーパーマーケットが今年の核であるわけだが、来館者には、そこへ進む前に5種類の「塩の使いみち」について把握しておいてもらわなければならない。いきなりスーパーマーケットに進んでも、何を探せばいいか分からないからである。なお、5種類というのはあくまで便宜的に5つに分けただけで、特に5種類である必要はない。単に関係者にはこの分け方になじみがあるということである。

その5種類の「塩の使いみち」とは、以下の5つである。3~5は、塩の用途としては「ソーダ工業用」として1つにしてもいいのであるが、塩を分解してできあがったソーダ製品それぞれの用途を紹介したいため、今回は、ソーダ製品ごとに3つに分けてある。

1 食用

塩のまま食品に使うもの。味つけのほか、保存作用や発酵調整、グルテン形成など、味以外の目的で使われるものも含む。

2 一般工業用

塩のまま食品以外に使うもの。タイヤなどの合成ゴムの凝集剤や、革製品の原皮保存となめし剤の反応調整、製糖用などのイオン交換樹脂の再生のほか、道路の凍結防止剤や水産用のブライン冷凍、家畜用などもここに含めた。

3 苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)

ソーダ工業で塩を分解してできる苛性ソーダの使いみち。紙・レーヨン・キュプラ(パルプ製造)、アルミニウム製造(ボーキサイト溶解)、石鹸(原料)など。

4 塩素

ソーダ工業で塩を分解してできる塩素の使いみち。水道水の消毒や、漂白剤、接着剤のほか、塩化ビニル、ウレタン、エポキシ、ポリエチレン、ポリプロピレンなど様々なプラスチック製造時に原料や中間原料、重合触媒として関わる。

5 ソーダ灰(炭酸ナトリウム)

ソーダ工業で塩を分解してできるソーダ灰の使いみち。ガラス製品、ホーロー製品のほか、鉄鋼業でも用いられる。

ここまでお読みいただくと、大人の方でも、少々ややこしさを感じるかもしれない。また、苛性ソーダやソーダ灰といった言葉に親しめない方もあると思う。そこで今回の展示では、塩やソーダ製品に関わる仕事をしている塩野一家というキャラクターを登場させ、塩の使いみちのナビゲーターにした。ソーダ製品の名前は覚えられなくても、キャラクターならば覚えてくれることを期待したわけである。ゆえに、塩野一家は、奥のスーパーマーケットのレジの機械でも、品物と塩のかかわりを解説する役目を負っている。


テーマ展示の入口


塩の使いみちと塩野一家の紹介

まず、塩の使いみちを簡単に学んでから奥のスーパーに進んでもらう。

スーパーマーケット『神南ストア』

入口でルールを読み、カゴをとって店内に進む。ここで来館者にやってもらうことは、実際の買物と同じように品物を選んでレジに進むことなのだが、買物とは違って欲しいものを選べばいいわけではないので、先ほどの5種類の「塩の使いみち」が全部そろうように品物を選び、レジでそろったかをチェックするというゲーム仕立てにしてある。会場では、あくまで品物の中身が対象で、パッケージについては対象外というルールにしてある。架空のスーパーなので、中には、鉄筋やダイナマイトやロケット用燃料といった品物も並んでいる。個別の品物の塩との関わりについては、キリがないので、本稿では書かないことにする。興味を持たれた方はぜひ会期中に、ご来館いただいて、ご自分でバーコードを読ませて確かめてみていただきたい。


スーパー入口


店内1


店内2


レジ

自分の考えで塩の使いみちがそろうように品物をさがす。
レジでも、予想と食い違う結果に一喜一憂しながら
楽しんでもらえているようである。

まとめの部屋

スーパーマーケット『神南ストア』では、ほとんどの生鮮食品は、つくるときに塩やソーダ製品とは関わっていない「ハズレ」にしておいた。素直に考えれば、その方が自然だと思われたからである。しかし、まとめの部屋では、もっと広く考えてみると、実はどこかで関わっているということを解説した。肥料や農業資材(ビニルハウスや苗床の保護シートなど)、輸送用のダンボールや発泡スチロール、トラックや船そのもの、道路や橋、売られるときのパッケージ・・・という具合に、スーパーに並ぶような商品は、ほとんど全てが、どこかで塩と関わってスーパーに並んでいることに気付いてもらいたかったのである。その上で、『もしも、塩がなかったら?』という問いを考えてもらうことを、結びの解説にしてある。

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というわけで、今回の展示のねらいは、より多くの方々が『もしも塩がなかったら、スーパーマーケットは空っぽになる』というところまで気付いてもらえれば大成功ということになる。現在の日本の「塩利用の文化」は、ソーダ工業用まで含めれば、日常生活の隅々にまで浸透しており、その意味では、「町じゅうが塩だらけ」になっている。そして、ほとんどの人がそこまで浸透しているとは気付いていない。だからこそ、まさかこの品物は違うだろうと予想しながら、レジの機械でバーコードを読ませると、驚くことになるはずである。これをお読みの皆さまも、ぜひ会期中に来館されて、身の回りの品物のほとんどに塩が関わっていることに驚きながら、現在の日本の「塩利用の文化」の浸透度を実感していただければ幸いである。

なお、今回は5種類の「塩の使いみち」をさがすゲームにしたのだが、展示がオープンした現時点では、「ハズレ」を探し出すルールにした方が効果的だったかも知れないと感じている。何年か後に、今度は、「塩と関わりがない品物」を探すルールに変えて、同じような企画ができればと考えている。

また、次回からは、九州の塩泉の報告に戻って、「塩利用の文化」について考えたい。

(注 : 本稿は、Webマガジン『en』 2006年8月号に掲載されたものです。)

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