知る・調べる
塩の博物館

塩について学んだり体験したりできる全国の博物館、資料館等のリンク集です。クリックすると外部のサイトに移行します。

たばこと塩の博物館だより
(注:Webマガジン『en』2002年12月号から2007年3月号に連載されたものです。)

記事一覧

第5回 ~塩にまつわる「大移動」(その1)~高梨 浩樹 たばこと塩の博物館 学芸員

今回は、「塩の人類史」からちょっと離れるかもしれないが、草食動物と塩にまつわる興味深い事例に接したので、そこからいろいろと考えてみたい。

当館の特別展『夏休み塩の学習室 Dr.ソルトの冒険島(8/31まで開催中)』の展示作業を終えて深夜に帰宅し、なんとなくNHKテレビを見ながら遅い夕食をとっていると、「地球ふしぎ大自然スペシャル」の再放送で、『ヒマラヤに潜む伝説の動物 大追跡!密林から天空の楽園へ』(註1)という番組をやっていた。もともと動物もの、自然もののドキュメンタリーが好きなため、とくに録画などもせずになんとなく見ていただけだったのだが、番組の終わり近くになって塩が登場して、「しまった!」と思い、眠い目をこすりつつ、あわててその番組の内容をメモする羽目になった。

番組は、ヒマラヤ(ブータン王国)にすむターキン(英名:Takin)という珍しい動物に関するものだった。ターキンは、ブータンでは「羊の頭と牛の骨を昔の偉いお坊さんがおまじないをかけて作った」との伝説が残っているそうだが、学名をBudorcas taxicolorといい、分類学上はウシ目(偶蹄目)ウシ科に属する動物だ。生息地域はアジア中部の山岳地帯で、頭胴長170~220cm、背までの高さは成獣で110~140cmという。ずんぐりした体つきながら、山の斜面をすばやくかけ上がったりもするというから、イメージとしては、変わった風貌でがっちりした体格のカモシカという感じであろうか。

ターキンは、冬の間には標高1,500m位の竹林やシャクナゲ、バナナなどの繁った亜熱帯の森にすんでいるが、春になると、徐々に標高の高い方へと15~30頭ぐらいの群れを作って移動を始める。出産して子ども連れになっても、幼い子どもも一緒にさらに登っていく。標高が上がるにつれて、ツキノワグマなどがすむ温帯の森になり、そこで春の若葉を大量に食べながら、まだまだ上を目指す。しだいに傾斜もきつくなり、最大で60度をこえる急斜面でも、たくましい後ろ足で登ってしまう。ついには標高4,000mの亜寒帯のモミの林まで、標高差2,500mにおよぶ大移動だ。私は、このあたりまでは、標高による植生の変化などに注目しながら楽しく見ていた。問題は、ターキンたちの目的地である。

標高差2,500mにおよぶ大移動で、ターキンたちの群れが目指してきた標高4,000mの地にあったのは、塩水の泉が湧く沼地だった。番組で追いかけてきた30頭の群れは、到着するなり、泉の水を飲み始めた。ほかの群れも次々にこの地に集まり、全体で150頭にもなっている。みんな、この地を目指して登ってきたのだ。なんと、大移動の目的の一つは塩だったというわけだ。春先から2か月かけて標高4,000mまで登ったターキンは、6月から7月までこの地に留まり、初雪が降る7月下旬に再び下山して低地に帰るそうである。

日頃、「草食動物ほど生理的に塩が必要」などと言っておきながら、ここにいたるまで録画もせずに何となく見てしまったのは大失敗だった。実は、番組を見ている途中から、「ひょっとするとこの大移動のさきには塩があるんじゃないか?」といういやな予感がしはじめてはいたのだが、「まさかそんなにでき過ぎた話でもあるまい」とたかをくくってしまっていた。いわれてみれば、ターキンはウシ科である。飼育している場合、ウシにはウマよりもかなり多くの塩を与えることは知っていた。盛り塩の起源として語られる伝説に、貴人の乗った牛が塩をなめて止まってしまうという『牛の塩好き』の話が出てくるのも、塩に携わる者としてはほとんど常識である。つくづく迂闊だった。

さて、番組では、このターキンの大移動の理由として、高地を目指すのは、低地の亜熱帯の森のトラや、温帯林のツキノワグマなどの捕食動物を避けるためであり、この地に集まって他の群れを交えて繁殖行動をするためでもあるという説明をしていた。ただし、それらの説明は時間的には短く、塩についての解説に多くの時間を割き、もっとも詳しく説明していた。それによると、反芻動物であるターキンは、胃の中に消化のための共生微生物がいて(註2)、その大切な共生微生物が、自ら発する酸で死滅するのを防ぐため、唾液のアルカリ性によって中和している。そのアルカリ源としてナトリウムが欠かせない。多量に春の若葉を食べた後だけにとくに大量の塩が必要になっているのだろう、というものだった。

これまで私は、草食動物が塩を欲するのは、食物の中にNa(ナトリウム)がほとんど含まれず、NaとK(カリウム)の収支が合わなくなるという理由だけで考えていたのだが、それならウシもウマも一緒である。ウシがウマよりも、より一層『塩好き』である理由は、この番組の「共生微生物の生息環境を維持するためのアルカリ源」という説明に出会って初めて腑に落ちた。なるほどウシがいつも、よだれをたらしているイメージなのも納得である。また、草食動物の「塩なめ場」についても、これまでは漠然と、日常の行動範囲内にあるような気がしていたが、必ずしもそうではなくて、大移動をして塩を求める例もあることがわかり、非常に興味深かった。これもまた新しい知見だった。

このようにいろいろと新しい知見をもたらしてくれたターキンであるが、ビデオに撮り損ねたせいもあって、インターネットで検索してみると、かなりヒットするページがあり、中にはターキン好きの人が開いている個人ページもある。それによると、多摩動物公園では、ゴールデンターキンを飼育・繁殖していて、3/18に誕生したばかりのキンタ2(名前)くんもいるという。私は多摩動物公園も好きで、ときどき訪れていたのだが、これまた迂闊なことに、ターキンを見た記憶がまるでない。厳密には、ゴールデンターキンBudorcas taxicolor bedfordiは、ブータンターキンBudorcas taxicolor whiteiとは亜種の間柄であるらしいのだが、「これだけ新しい知見を得る世話になったのだから、会わないわけには行くまい」ということで、急遽会いに行くことにした。

出発するのが遅かったため、多摩動物公園に着いたのは4時前で、受付でも「4時を過ぎると大型動物から順番に飼育舎に入ってしまいますが、よろしいですか?」などと訊かれてしまう。園内に入って地図で目指すターキンの居場所を確認すると、広大な多摩動物公園の最奥部ではないか。「これは間に合わないかな」と思いながら、他の動物には目もくれず、園内の山道を急ぎ、最後は駆け足で、文字どおり駆け付けると、ターキンはまだ飼育舎に入ってはいなかった。大のおとなが駆けてくるのに少々面食らった様子ではあったが、キンタ2くんは、きちんと前足をそろえて、私を待っていてくれたかのようだった。写真を2枚撮らせてくれたあと、母親に促されるように飼育舎に入っていった。せっかくなので、その写真もそえておきたい。

ゴールデンターキンの親子(多摩動物公園にて)
ゴールデンターキンの親子(多摩動物公園にて)

単なる偶然かもしれないが、逞しい後ろ足で60度の急斜面を登るという習性のためか、前足を岩にのせて高くしているように見える。その方が姿勢の安定がいいのだろうか。

後日、ターキンとはまるで関係なく、長野県の牧場の中にある温泉に行くと、これまた偶然にも宿のすぐ近くに牧場の「塩くれ場」というものがあり、タイミングよくウシが塩をなめているところを撮ることができた。NHK『地球ふしぎ大自然スペシャル』はビデオに撮り損ねたけれど、「私は、こと塩に関しては運があるのかも知れない」などと都合のいいことを考えた。そんな偶然が重なったこともあって、今回は、「塩の人類史」からちょっと離れてしまったが、ターキンの話を書かせてもらうことにした。

「塩くれ場」で塩をなめるウシ(長野県高山村山田牧場にて)
「塩くれ場」で塩をなめるウシ
(長野県高山村山田牧場にて)

塩は、鉱塩の塊ではなく、粒の塩が固結したようなものがコンクリートの台にのせられていた。ほとんどなめ終わっていて分かりにくいが、手前にひとかけらだけ残っているのが見える。

とはいえ、今回の話が「塩の人類史」にまるで無関係というわけでもない。今回登場した「塩なめ場」の話、「塩をめぐる大移動」の話、「内陸の塩泉」の話は、すべて「塩の人類史」のテーマとして考えていきたい事柄でもある。これらについては、次回以降、今度はもう少し人間寄りの話として、考え直してみたいと思う。

(注 : 本稿は、Webマガジン『en』 2003年9月号に掲載されたものです。)

(註1)
http://www.nhk.or.jp/daishizen/fbangumi2/buutan.html

(註2)
哺乳類は、もともとは昆虫食や果実食で、自分では植物の葉に含まれるセルロースを分解できず、セルロースに囲まれた中にある栄養分を吸収することができなかったので、葉っぱは食べものではなかった。葉食に特化した食性のウシなどの哺乳類は、セルロースを分解してくれる共生微生物の助けを借り、反芻することで、この問題を解決している。ヒトはセルロースを分解できないが、サルの仲間でも、葉食に特化したものは反芻と同じようなしくみを持っている。

  • twitter
  • facebook
  • google plus
  • LINE
トップヘ戻る