塩風土記
塩風土記
■沖縄県と塩■
日本の最南端に位置する沖縄県では、長く海水を直に煮詰める海水直煮製塩法が行われていた。17世紀に入り、那覇の潟原で薩摩から習いうけた製塩法を行ったのが沖縄で最初の入浜式製塩だといわれている。砂泥質の干潟を利用した入浜式塩田は、堤防を設けているところは少なく、枝サンゴ類の細片などを基盤に埋め、その上に散砂を敷いた構造であり、この地域独特のものであった。
【名所・史跡】
泡瀬塩田(あわせえんでん:沖縄市)
沖縄本島東南部の中城湾に臨む泡瀬は、沖縄の代表的な製塩地の1つであった。
泡瀬の塩は、18世紀中頃「高江洲義正」という士族が初めて移住し、干潟の利用に着目して入浜式塩田による製塩を創めたのがその起源とされており、製塩技術は同氏が首里勤務の折に那覇の泊りなどで修得したものと推測されている。
(日本塩業大系編集委員会編『日本塩業大系 持論・地理』)
【名産品】
スーチカ
皮付きの豚の三枚肉を塩漬けにしたもの。古くから伝わる保存食。豚肉の塊に塩をしたあと一週間ほど寝かせ、水で塩抜きして調理を行う。
【その他】
塩の流通に伴う習俗
沖縄本島では、殆どが婦女子である塩の仲売人が、消費者の需要に応じて散塩を笊に入れ、頭上に載せて運び販売した。この販売の際に売り手と買い手の間で塩の多寡を巡って争いのため、俗に「塩売りの手は傷がつく」といわれていた。
(日本塩業大系編集委員会編『日本塩業大系 民俗』)
