塩風土記

塩風土記

■奈良県と塩■

製塩の記録はほとんどなく、塩泉製塩の記録も見られない。早くから都として栄えていた奈良においては、塩は外部より移入されるものであった。奈良時代(710年-794年)には、朝廷に納める税の一部として塩、海産物などが定められ、平城京跡で出土した木簡によると、若狭小浜(福井県)から、塩や海産物、ナレズシ等が納められていたという。奈良へと続く道は、奈良街道と呼ばれ、複数のルートが存在するが、塩の道として特化したものは見られない。


【名産品】

柿の葉寿司
もともとは吉野地方に住む人々の保存食。近海の新鮮な鯖を塩漬にし、寿司米と一緒に柿の葉に包んだ押し寿司の一種

奈良漬
瓜やキュウリ等の野菜を塩漬けにし、何度も酒粕に漬け替えて出来上がる古くから伝わる漬物。平城京の跡地で発掘された木簡にも、「粕漬瓜」として記録が残っている。

奈良茶飯
本来は塩で味付けした茶で炊いた飯にさらに茶をかけて食べる寺で食べられていた精進料理の一種だったが、現在は米に炒った大豆や黒豆、米に豆などを混ぜて炊きこむ炊き込み飯になっている。奈良が発祥とされるが、江戸中期にはすでに浅草等の茶飯屋で「奈良茶」として奈良茶飯が食べられていたという。(田中敏子『奈良の味改訂版』)


【地名】

入之波温泉(しおのはおんせん:川上村)
塩化物泉。入之波という地名は、湧出する温泉が塩味を呈することにちなむという。


【その他】

塩祝(しおいわい)
子供の初宮参りの際に、産婆さんが子供に送る玩具やお金を塩祝と呼んだ。初宮参りの帰りには、逆に親族等から産婆さんに礼として金品などの塩祝いを渡していたという。
現在では、塩そのものを直接贈ることはなくなっているが、もともとは「塩」を祝いとして贈っていた行事の名残であろうと思われる。
(宮本常一『塩の民俗と生活』)