塩風土記
塩風土記
■滋賀県と塩■
内陸部に位置する滋賀県は製塩には不向きであったが、南北の商品の流通経路が多く、塩の道も複数残されている。若狭から続く鯖街道が有名。塩流通の歴史は古く、塩津という地名は、塩の中継港であったことから付いたという説があり、塩津は平安時代中期に編纂された『延喜式』にも登場する。海からは離れているが、県内の約30遺跡で製塩土器が出土されている。これらは海辺の製塩地で作られた塩が、製塩土器に入ったまま運ばれたものと見られている。
【名所・史跡】
中沢遺跡(なかざわいせき:東近江市)
弥生時代から中世にかけての集落跡。製塩土器等が見つかっている。
深坂地蔵(ふかさかじぞう:西浅井町)
塩津と福井県敦賀を結ぶ塩津街道沿いにあるお地蔵様。当時貴重品であった塩を供えて道中の安全を祈ったため塩かけ地蔵ともよばれた。
【名産品】
鮒寿司(ふなずし)
3ヶ月から1年ほど塩漬けにした鮒をさらに半年以上ご飯に漬け込んで熟成させたもの。日本の三大珍味ともいわれている。
ブリののた
塩漬けにしたブリを、塩抜きしてウドと一緒に酢味噌で和える料理。ブリのヌタがなまってブリののた、と呼ばれるようになったとも。
【塩の道】
鯖街道(さばかいどう)
福井県の若狭湾から滋賀県をぬけ京都の出町柳までつながる街道。主に若狭湾で陸揚げされた海産物や物資を運んだ。特に若狭に揚がった鯖を開いて塩をした荷が多かったため、鯖街道と呼ばれている。
(若狭歴史民俗資料館編『サバ街道と都の文化』)
塩津街道(しおつかいどう)
日本海に面した敦賀(福井県)から琵琶湖の湖上交通の要所だった塩津浜に至る道。平安時代頃から北陸からの塩や海産物や米等の物資が琵琶湖を横断し内陸部へと運搬されていた。
(若狭歴史民俗資料館編『サバ街道と都の文化』)
