塩風土記

塩風土記

■愛知県と塩■

愛知県は古くからの製塩地であった。三河湾に面した地域からは古墳時代から平安時代にかけての製塩土器や遺構が発掘されている。土器製塩の時代には、都に税として塩を納入していた。他にも、東寺(京都府)の供物として納めていた。平城京で発見された木簡にも記録が残されている。その後、一時期製塩は衰退していたが、江戸中期には入浜式塩田が開拓され再び製塩が活発に行われるようになった。1688年(元禄元年)に吉良上野介義央が開拓した富好新田等で作られた饗庭塩(あいばえん)が有名で、江戸を始めとして各地へ移出されていた。しかし瀬戸内沿岸で作られる安価な塩との競争に敗れ、愛知県内の製塩は縮小されていった。


【行事】

香の物まつり
日本で唯一、漬物を奉る萱津神社で毎年8月21日に行われる祭り。全国各地から漬物業者が集う。
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【名所・史跡】

萱津神社(かやつじんじゃ:海部郡)
日本で唯一の漬物神社。祭神は鹿屋野比売神(かやぬひめ)。古伝によれば、その昔土地の人々は鹿屋野比売神の神前に初なりのウリやナスなどをそなえていた。当時はこのあたりは海浜でもあったので、海から取れた塩も供えるようになり、やがてこれらの野菜と塩を一緒にカメに入れて供えたところ、程よい塩漬けとなった。人々は雨露に当たっても変わらないその味を不思議に思い、神からの賜りものとして万病を治すお守りとし、遠近を問わず頂きに集まるようにあった、これが日本の漬物の始まりであると言われている。日本武尊ともゆかりが深く、縁結びの神社としても知られている。


【名産品】

このわた
ナマコの腸を塩漬けにした珍味。

守口漬(もりぐちづけ)
直径2cm、長さは2m近くにもなる濃尾平野特産の守口大根を、塩漬けにしたあと数度にわたって粕漬けにし、最後に味醂粕に漬け込み味を調えて作る漬物。


【塩の道】

塩付街道(しおつけかいどう)
三河湾岸部から内陸部へ向かう塩の道。馬の背に、塩荷を付けて運んだところから名付けられたといわれている。地元で造られた塩や、瀬戸内海沿岸で作られた十州塩を運んだ。
(亀井千歩子『塩の民俗学』)


【その他】

足助塩(あすけじお)
豊田市足助町は、塩荷の改装地だった。三河湾沿岸で作られた塩や瀬戸内の塩が、ここで改装されて信州方面に移送された。そのため足助町を通過してくる塩を信州の人たちは「足助塩」と呼んでいた。
(亀井千歩子『塩の民俗学』)


【学びの場】

吉良町歴史民俗資料館(幡豆郡 吉良町)
県指定文化財の岩場古墳出土品などの考古資料、吉良上野介義央の系譜、塩業の歴史ジオラマ、塩焼小屋などテーマごとの展示がされている。