塩風土記
塩風土記
■山形県と塩■
山形県は日本海に面してはいるが、日本海沿岸での製塩の記録が乏しい一方で、内陸部で山のカツノ木またはシホヂの樹の実を煮詰めて塩を取ったとの記録がある。また、1775年(安政4年)米沢藩十代目藩主上杉鷹山は、仙台藩から技術者を招き、井塩・池塩として知られていた小野川温泉(米沢市)の塩泉を利用し、塩泉からの製塩を行っていた記録が残されている。小野川温泉では、塩田に余り湯を流し込み塩泉を浸透させたかん砂を利用するという方法で製塩が行われていた。この方法で作られた塩は1升が120文で売られた。その頃の赤穂塩の生産地価格が1升で6文程度であったことを考えると、大変高価な塩であることが分かる。その後、第二次世界大戦中の物資不足の折に一時的に製塩が復活したが、現在は塩泉からの製塩は行われていない。
【人物】
上杉鷹山(うえすぎようざん)
米沢藩第9代藩主。藩政の立て直しに成功した名君で、小野川温泉の塩泉を利用した製塩を行っていた。
(広山尭道『日本製塩技術史の研究』)
【名産品】
晩菊漬け(ばんぎくづけ)
菊作りが盛んな山形県ならではの漬物。食用の菊や野菜などを細かく刻んで塩に漬け込む。
【地名】
小野川温泉(米沢市)
含硫黄ナトリウムカルシウム塩化物温泉。戦前は製塩も行われたほど塩辛い温泉であったというが、現在は湯の汲み上げ量が増えたため、塩辛さは減ってしまったという。
【その他】
塩木をナメル
製塩用の木を切ること。昔は、山で木を切って目印を付けて川に流し、川狩りをしながら木とともに下流へ下り、河口の府屋でその木を受け止め、それを燃料に、浜の仮小屋で製塩して持ち帰っていたという。新潟県、岐阜県にも同様の言葉が残っている。
(日本塩業大系編集委員会(編)『日本塩業大系 特論民俗』)
