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コラム:コントロール


   いろいろなところで「管理」への要請が強くなってきているのが感じられます。しかし一方で「管理」という言葉には、自由を阻害するものとしての否定的な意味合いがあるのも確かです。様々な角度から「管理」をとらえたときに何が見えてくるのか――各界気鋭の研究者の方々にご寄稿いただきます。


阿部氏写真

「美しい国、日本」における熟年男性の体臭コントロール

眞嶋亜有

まじま・あゆ − 国際基督教大学大学院比較文化研究科博士課程修了。学術博士。現在、日本学術振興会特別研究員、国際日本文化研究センター外来研究員。専門は近代日本社会・文化史、身体文化論。研究テーマは水虫問題から身体美における西洋コンプレックス、アジアン・ビューティーに至るまで幅広く、エッセイ・コラム多数。
HP:http://www.renaissance-eyes.com/lectur/lecturer/majima-ayu.htm



   団塊世代の大量定年退職を謳った2007年問題も、とうとう今年、その本番がやってきます。この三十数年間、毎朝毎晩、ぎゅう詰めの満員電車を通勤快足で通った日々ももう訪れません。今までにないほどの花束と共に還暦を迎えた翌日から定期券がパスネットに変わる団塊世代にとっては、いつもいた、あの夜の街も、雑踏も、そして無機質な自動改札さえも目に沁みるかもしれません。
   今まで会社のため家族のために鉄道のような人生のレールをまっすぐ走ってこられた団塊世代。そんな立派な人生をナイロン靴下で蒸れながら走ってきたのに、“還暦”というたった二文字で肩書きも名刺も無くし、ふと鏡を見れば頭髪さえも失いかけていたなんて、人生あまりにも無情ですよね。思い返せば、かつて『神田川』を聞きながら四畳半で愛を語った愛妻も、今や自分の「夕飯要らない」・「休日不在」・「長期出張」の一言に無上の喜びを見せるまでに…黄色いハンカチは日本未発売なのでしょうか。
   昔は世界で唯一自分だけを頼りにしていた可愛い子供達すら気がつけば、そんなことがあったことすら忘れたように何処かへ巣立ち、今のご時世、まだ巣立ってくれるだけいいのかもしれませんが、昨今の団塊ジュニア並びに真性団塊ジュニア(三浦展)の箱入り娘達は、箱から出たがらないパラサイトも多いのが実情です。
   目に入れても痛くない愛娘の為に一生懸命、額に汗をかいてきたのに、物心がついた頃から「お父さんの下着と一緒に洗濯しないで」と長年、歩く水虫菌扱いされるのは、お父さんの威厳も昭和で終焉したということでしょうか。それでも十年ほど前は、94年のサントリーウイスキーCM“恋は遠い日の花火ではない”に出てきたような、可愛く純朴な女性部下が微かな恋心を抱いてくれた(かのように思えた)けれど、97年に男女雇用機会均等法が改正され、「セクハラ」という難攻不落な印籠を女性部下が掲げてしまって以来、もはや繊細な団塊世代の心の拠り所は激減の一途を辿るかのようです。
   でも、遺伝子に刻まれた無数の自然淘汰に勝ち抜いて、此の世に生まれてからも幾多の修羅場をくぐり抜けて進化し続けてきたのが男というもの。還暦を過ぎてこそ、いや古希や喜寿を迎えてこそ、真のダンディズムは輝きをみせるはず。今まで、我を忘れ、時には髪を振り乱してまでも第一線で闘い続けてきた熟年男性の皆さん。是非これを機に、我に振り返り、髪を整えなおして、「美しい国、日本」に貢献しうるカラダ作りに励んでみませんか。
   というのも、現代日本の総人口で中高年男性の割合は約20%。高齢化社会に拍車がかかる中、ただでさえ中高年男性の占める割合は高い日本。安倍内閣の「美しい国、日本」政権構想によって、日本の景観対策は東京・日本橋の首都高地下化をはじめ重要懸案のひとつとなっていますが、日本の景観を構成するのは何も自然と建造物だけではありません。
   海外旅行に行かれたとき、初めて訪れた外国で目に映る印象的な風景は、絵画や建造物だけではなく、むしろその国の街角に見られた人々の顔つき、表情、身なりや雰囲気といった、人々の様子ではなかったでしょうか。
   今や、日本女性の外見的美しさは化粧技術・ファッション・ヘアスタイルにおいて世界的注目を集めるほどレベルが飛躍的に高くなっています。以前、銀座にある老舗高級寿司店の四代目若旦那は、「今は外見だけでは玄人か一般女性か見分けがつかない」とお世辞を交えてかおっしゃっていましたが、銀座ホステス級の外貌をしていなくとも、街を見渡せばこんなにも美しく可憐な女性たちが闊歩する国もそう無いでしょう。それに対して男性は…?ましてや、日本の総人口約20%を占めるほど、言い換えれば、日本の人的景観シェア約20%を占める中高年男性の景観はいかがでしょうか。
   これまで散々、美を女性にばかり求めていらした貴方。何も美は女性や自然だけの専売特許ではありません。人生の黄昏を目前に、蕎麦打ちや“自分探し”もいいけれど、まずは目前の鏡を見つめて、自分の景観を見直してみませんか。「美しい国、日本」の男たるもの、60にして御自身の美化奨励に努めてみるのも、長年、美を愛でさせてくれてきた女性への何よりの恩返しであり、母国への格好の貢献につながるのではないでしょうか。
   といっても、何もすぐさま伊勢丹メンズ館で全身一張羅を揃えたり、髭を生やしたり、高濃度育毛剤を普段の数倍かける必要はありません。男性は、兎角素直で純朴な心の持ち主なだけに、これまでさほど気に留めなかった外見問題に触れられると、途端に気弱になりがちで、2年前のクールビズ旋風やモテ(たい)オヤジブームにもあったように、忽ち商機の餌食になりがちです。
   しかし男性の一生にとって最も重要な他者であろう女性は、男性が想像するほど怖くも恐ろしくもありません。恐らくそのようなイメージをお持ちの過半数の男性は、過去に女性を恐ろしくさせるようなことをしただけであって、女性は本来、愛に満ち溢れた何とも慈悲深い生き物(のはず)です。
   今回は、熟年男性の、数あるお勧めの美化奨励カラダづくり提言の中でも、さほどお金をかけずして周囲の女性たちから大変喜ばれ、今日から出来る効果絶大な景観対策の一歩となりうる“おじさん臭”を考えてみたいと思います。
   先日、米国ゴア前副大統領による映画『不都合な真実』封切によって、排気ガス・CO
2などによる環境破壊が遅まきながら警告され始め、日本政府でも安倍内閣主導で僅かばかりの環境保護対策が提唱されるようになりましたが、日本のミクロレベルには、電車内をはじめとした公共空間における“おじさん臭”も実は静かな環境破壊として深刻化しているのではないでしょうか。 
   勿論、高度経済成長期以降の通勤電車でも、おじさん臭は相当高濃度だったはずですが、問題は顕在化しなかったのかもしれません。通勤電車というかつての“男性文化”に女性が進出したと考えれば、“郷に入れば郷に従え”とも言えるものの、満員電車のドアが開いた瞬間に放散される、多種多様の男性の加齢臭ブレンドと二酸化炭素ミックスは到底、「美しい国」の朝とは程遠く、日本経済の活性化のために懸命に働く女性たちの心身に及ぼす影響は甚大です。
   よく外国在住の論客から、日本女性は綺麗なのに笑わないで不機嫌そうな顔をしてもったいないという指摘を耳にしますが、恐らくそれは優雅な海外生活をされていることで、祖国日本の電車内に秘める、このミクロな環境問題をご存知無いのでしょう。日本が誇るどんな美人でも、毎朝毎晩、車内という密室空間のわずかな酸素と互いの昨夜食べて飲んだ香りが微細に残る二酸化炭素を、複数の加齢臭と共に肺と呼吸器で循環し合わねばならないと考えれば、ついつい仏頂面にならざるを得ません。
   そんな目に見えない美的環境汚染のもとである加齢臭は、其の名称自体、2000年に資生堂が発表した、比較的“新しい体臭”のようですが、男女間の異文化接触において体臭ほど、運命の分かれ道を担う身体部位は無いかもしれません。
   というのも、女性は匂いで男性を選ぶといわれています。竹内久美子先生によれば、匂いは免疫力の高さに関係があるそうで、免疫力が高ければ、嫌な体臭の原因になるバクテリアの増殖を抑えられる一方、免疫力の低い男は臭くなり、嫌われるという一面があるようです(日高敏隆・竹内久美子「特別対談・一夫一妻だから〈浮気〉が起きる」『文芸春秋』特別版・2月臨時増刊号、2007年、75頁)。つまり、満員電車に充満する濃厚な加齢臭ブレンドは、世の熟年男性の免疫力の著しい低下を示しているのでしょうか。
   思えばその昔、松田聖子さんの『赤いスイートピー』に「煙草の匂いのシャ〜ツに、そっと寄り添うから〜」という歌詞がありましたが、あれは煙草の匂いのシャツなら誰のシャツでも良いわけでは決してない、免疫力の高低による無意識的選抜という暗黙のコードがあったわけですね。
   確かに、根は女神のような女性でも、生理的に受け付けないものに対しては限りなく冷酷です。女性はもともと鼻が利くように出来ているのでしょうけれども、枯れない華麗な熟年男性への一歩には、まずは清潔を心がけることによる加齢臭の削減という目に見えない美化奨励が何にもまして必須のようですね。
   2年前のクールビズ旋風やモテ(たい)オヤジブームで三十路・四十路男性から団塊世代に至るまで、オトコの外見至上主義が一大商機となったことは記憶に新しいですが、本来匂いで無意識的に選抜する本能を持つ女性にとっては、何も日本男児にイタリア男性のような派手な服装を望んでいるわけではありません。
   何しろ、ここは唯でさえ狭く高温多湿な日本ですから、好かれるのは熱すぎる男性より清潔な男性。ましてや地球温暖化で日本も既に充分すぎるほど熱くなりすぎていますので、今後ソーラーとハイブリッド車と清潔な熟年男性が増えたら、CO
2の大幅な削減はもとより、加齢臭被害による仏頂面美人の激減も図れ、日本はかつて幕末の来日訪日外国人に感嘆されたような「美しい国」が蘇生されるかもしれません。この鍵を現代日本の人的景観率シェア約20%の熟年男性が握っているならば、もう蕎麦打ちしているどころではありませんね。
   よく日本のダンディズム論で耳にするのが“粋な男”という表現ですが、『広辞苑』によれば「粋」とは、「気持ちや身なりのさっぱりとあかぬけていて、しかも色気をもっていること。」だそう。「粋」という言葉ほど、定義づけの難しくも美しい日本語はないですが、先述した銀座の若旦那は、「粋な男」の定義の一つとして、「やせ我慢」とおっしゃっていました。職業的にも相当数の美女に囲まれておいでだからこその一言かもしれませんが、其処には女性に対する謙虚さと尊敬の念も込められているのではないでしょうか。さすれば、美と環境を国家指針とする21世紀日本における粋な男とは、まさしく地球と女性に優しい男性といえるのではないでしょうか。
   もともと男性は生物学的にも孤独で寂しがりやな生き物。せめて一度の人生ならば、女性と自然とそして地球と共生できる社会を、闘い抜いたその腕で築いてみませんか。きっと21世紀の女性は、煙草の匂いのシャツならぬ、エコな匂いのシャツに、そしてそんな雄姿に、そっと寄り添いたくなるでしょう。
   ちなみに、そんな瞬間が訪れた時も、すぐに手を握らないほうが、粋な男かもしれません。シャツの匂いは変わっても、日本男児における「やせ我慢」の美学は永遠に変わらないのかもしれませんね。


(了)



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