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“最近”といっても1949年(昭和24年)発行の書籍なので、戦中戦後のことを指している。日本の塩専売制度は1905年(明治38年)に塩専売法が施行され、1997年(平成9年)に廃止されるまで、92年に渡り続いた。本書は一世紀近くに渡る専売制のほぼ中間期にあたる時期に発行されたことになる。実はこの年には制度的にも大きな変化があった。それまで専売制度は大蔵省専売局によって管理されてきたが、マッカーサー書簡に基づいて日本専売公社が作られ、これ以降1985年(昭和60年)まで同公社が管理することになる(1985年以降は日本たばこ産業株式会社に移管)。
本書はそうした激しい変化のあった時代の塩について、主として経済的な側面から、様々な統計データも交え詳しく解説している。目次は以下の通りで、これだけ見ても当時の塩事業における問題点が良くわかるだろう。
第一章 最近の塩事情のあらまし
第二章 最近の塩需給状況と今後の見通し
第三章 自給製塩
第四章 製塩業の展開過程
第五章 塩業整備委員会
第六章 塩配給上の問題
第七章 外国塩の輸入構図
第八章 塩と経済安定九原則
昭和24年といえば、戦後の最悪時期は脱したものの、まだまだ食糧事情も悪かった年であり、塩もまた同様であった。本書に掲載されている昭和5年から24年までの塩の需給状況を見ながら、当時の状況を振り返ってみよう。
表1 塩需給実績一覧 (単位:千トン)
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供給 |
需要 |
過不足
(赤字は
不足) |
国内
生産 |
輸入 |
計 |
食料用 |
工業用 |
計 |
| 昭和5年(1930年) |
629 |
373 |
1,002 |
742 |
209 |
951 |
51 |
| 昭和6年(1931年) |
521 |
454 |
975 |
773 |
298 |
1,071 |
96 |
| 昭和7年(1932年) |
572 |
638 |
1,210 |
762 |
396 |
1,158 |
52 |
| 昭和8年(1933年) |
631 |
926 |
1,557 |
762 |
649 |
1,411 |
146 |
| 昭和9年(1934年) |
676 |
1,229 |
1,905 |
784 |
855 |
1,639 |
266 |
| 昭和10年(1935年) |
604 |
1,184 |
1,778 |
789 |
1,068 |
1,857 |
69 |
| 昭和11年(1936年) |
519 |
1,270 |
1,789 |
821 |
1,160 |
1,981 |
192 |
| 昭和12年(1937年) |
536 |
1,742 |
2,278 |
891 |
1,413 |
2,304 |
26 |
| 昭和13年(1938年) |
484 |
1,751 |
2,235 |
971 |
1,476 |
2,447 |
212 |
| 昭和14年(1939年) |
636 |
1,860 |
2,496 |
1,029 |
1,409 |
2,438 |
58 |
| 昭和15年(1940年) |
574 |
1,725 |
2,299 |
1,062 |
1,356 |
2,418 |
119 |
| 昭和16年(1941年) |
389 |
1,506 |
1,895 |
1,007 |
930 |
1,937 |
42 |
| 昭和17年(1942年) |
475 |
1,533 |
2,008 |
1,038 |
796 |
1,834 |
174 |
| 昭和18年(1943年) |
415 |
1,410 |
1,825 |
1,101 |
710 |
1,811 |
14 |
| 昭和19年(1944年) |
353 |
944 |
1,297 |
927 |
590 |
1,517 |
220 |
| 昭和20年(1945年) |
184 |
457 |
641 |
489 |
168 |
657 |
16 |
| 昭和21年(1946年) |
201 |
412 |
613 |
489 |
118 |
607 |
6 |
| 昭和22年(1947年) |
131 |
896 |
1,027 |
682 |
219 |
901 |
126 |
| 昭和23年(1948年) |
307 |
1,226 |
1,533 |
992 |
957 |
1,449 |
84 |
昭和24年(1949年)(計画) |
419 |
1,250 |
1,669 |
1,055 |
591 |
1,646 |
20 |
まず需要のほうを見てみると、食料用は昭和5年以降順調に伸びてきている。当時の人口は昭和5年6,445万人、10年6,925万人、15年7,311万人、20年7,200万人、25年8,412万人と戦争末期を除き着実に増加しているものの、食料用の需要の伸びはそれを上回っており、昭和10年代半ばまでの食品工業の発達ぶりがうかがえる。しかしそれ以降戦局の悪化とともに伸びは止まり、昭和20年と21年には半分まで落ち込んでいる。実際には食用に一定の量が必要なはずで、ここまで極端に落ち込むのは不自然だが、自給製塩(専売法により塩の製造は許可制だったが、昭和19年から緊急措置として届出のみで塩を生産できるようになった)や闇市場の拡大によるものと思われる。
また工業用は、ちょうどソーダ工業の興隆期にあたるため増加幅はさらに大きく、ピークの昭和13年には昭和5年の7倍にもなっている。ただしこちらもそれ以降急速に需要が縮小し昭和20年と21年には昭和5年以前のレベルまで落ち込んでしまい、昭和23年にようやく回復の兆しが現われてきた、というところだ。
一方国内生産だが、この表では昭和9年の生産量が最高であり、以降昭和24年まで一度もこの数値を超えられず、昭和に入ってから戦後まで生産能力にはあまり変化がないことがわかる(自給製塩による生産量は統計がなく、ここにも含まれていない)。言うまでもないが、年毎に生産量がばらついているのは、当時の塩の生産は全て塩田で行われていたためである。その年に晴天が多く降水量が少なければ生産量が増え、逆の場合には生産が落ち込むという具合だ。
この頃の製塩法といえば、海水を濃い塩水にするための濃縮・採かん工程は入浜式が、濃い塩水から塩の結晶を取り出すせんごう工程は蒸気利用式がそれぞれ主流だった。しかしこの後昭和20年代後半に大きな技術革新が行われ、濃縮・採かん工程は流下式が、せんごう工程は加圧式や真空式が主流となり、飛躍的に生産性が向上していく。
また輸入については、昭和7〜8年頃から国内生産だけでは全く需要に対応できない状態となり、急速に拡大している。特に昭和10年代は輸入量が国内生産量の3倍前後まで増え、自給率は25%程度まで低下している。ちなみにこの後さらに自給率は低下を続け、平成17年度実績では供給量951万トンのうち国内産が123万トン、外国産が828万トンと、自給率は15%ほど。これは円高を背景に輸入塩のコスト競争力が高まっていったことが主因といえよう。
こうした背景により、昭和10年代に入ると供給不足の傾向がはっきり現われてくる。昭和10年から20年までの11年間で供給が需要を上回ったのはわずか3年しかない。特に昭和20年、21年のように、数値上では大きな不足ではないものの、食料用の塩が不足した時期は深刻だったに違いない。
本書には当時の一般市民の感覚がよくわかるアンケート結果も掲載されている。昭和22年12月に全国の4,000人を対象に行われたもので、7つの質問に対する回答がまとめられている。
質問A あなたの家庭は配給の塩だけで足りていますか。
| 1.何とか足りている |
10.2% |
| 2.いくらか足りない |
33.7% |
| 3.非常に足りない |
56.1% |
質問B 塩の不足は主としてどんな方法で補っていますか。
質問C 塩は人体に非常に必要なものですがその必要量はつぎのどれに重点を置いて配給したらよいと思いますか。
| 8.塩 |
49.0% |
| 9.しょう油 |
20.0% |
| 10.みそ |
29.5% |
| 11.その他の塩もの加工品 |
1.5% |
質問D みそ・しょう油の配給量が現在程度の場合、塩そのものの配給をどれくらいふやしたらよいでしょうか。
| 12.現在どおりでよい |
3.9% |
| 13.五割ぐらい増配してほしい |
17.8% |
| 14.二倍くらいにしてほしい |
40.0% |
| 15.それ以上増配してほしい |
38.3% |
質問E 塩の闇取引についてどう思いますか。
| 17.今のままでやむをえない |
44.6% |
| 18.もっと緩めた方がよい |
17.5% |
| 16.厳重に取締るべきだ |
25.1% |
質問F 塩がやすいのは国家が数億円の損をしているからですが、その値上げについてどう思いますか。
| 20.今のままの方がよい |
35.1% |
| 21.ある程度の値上げもやむをえない |
55.6% |
| 22.答えられない |
9.3% |
質問G 塩は米とならんで台所の絶対必需品ですが、その塩を外国に依存することについてどう思いますか。
| 23.大部分外国の塩に依存してよい |
8.0% |
| 24.半分くらいは依存してよい |
21.6% |
| 25.必要なだけは国内で生産すべきだ |
52.9% |
| 26.答えられない |
17.5% |
地方により多少ばらつきがあり、東北、北海道、中部など相対的に塩の消費量が多かったり、生産量が少ないところはより切迫していたようだが、いずれにせよ当時の人々がいかに調達に苦労していたか、おわかりいただけるだろう。配給の塩だけで足りていたのは僅か1割で、8割の人は配給を二倍以上に増やして欲しいと感じており、9割の人は足りない分をヤミや物々交換で何とか帳尻を合わせていたようだ。
面白いのは質問Fで、「ある程度の値上げもやむをえない」という回答が半数以上を占めている。当時激しいインフレが起こっていたが、塩は値上がり幅が比較的少なかったことのあらわれだろう。ただし、本書でも「値上げと同時に配給量も増して貰いたいという条件付の値上げ肯定とみるべきであろう」と指摘されている。実は昭和13年からは塩の買入価格(生産者から国が買い上げる価格)と売渡価格(国が卸売業者等に売る価格)の間に逆ザヤが生じており、戦後も含めずっと赤字が出ている状態だったのだ。詳しいことは別の機会に譲るが、こうしたことから専売制そのものの存続について議論があったことも事実のようだ。
また質問Gでは自給率の問題について尋ねているが、「必要なだけ国内で生産すべきだ」が半分を超えており、自給率の維持については一般の方々も強いこだわりをもっていたことがわかる。しかし、既に昭和10年代の時点でソーダ工業用塩の需要だけでも国内生産量の倍以上になっており、高い自給率の維持は現実的ではなくなってしまっている。この問題は現在でもなお検討の余地がある部分だが、他の食品と同様難しい問題といえよう。
本書では、上記で簡単に触れた諸問題について、特に重要な問題には一章を割いて詳しく解説しているため、戦中戦後の塩市場における諸相が理解しやすいと思われる。ご興味がおありの方はぜひご一読あれ。
Webマガジンen編集部
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