著者は、既に『下流社会』と『ファスト風土化する日本』を著している。本書は、「下流社会化」と「ファスト風土化」が、じつは同じ一つの流れを別の角度から見ていたことに気づき、新たに書き下ろされた論文を含めて編まれたものだ。日本の経済、社会のグローバリゼーション(アメリカ化)という流れを、社会構造面から見れば下流社会化であり、国土構造面から見ればファスト風土化だというのである。下流社会化が進めばファスト風土化が進み、ファスト風土化が進めば下流社会化が進むというように、両者は相互促進的関係になっている。アメリカに追従し続けてきた日本は、アメリカの下流社会化に向けてあたかも同盟を結んでいるようだという。しかも、この流れは、日米のみならず、ヨーロッパ、アジア、中南米など地球規模で拡大しているように見えるとすら言うのだ。
「下流社会」と「ファスト風土」は、共に著者の造語である。所得格差が学力格差を生み、その結果、階層格差は固定化し、それが希望格差の拡大につながる。一億総中流社会崩壊と同時に出現した新たな階層集団が「下流社会」である。また、「大型店の出店規制が緩和された近年、日本中の地方の郊外農村部のロードサイドに大型商業施設が急増し、その結果、本来固有の歴史と自然を持っていた地方の風土が、まるでファストフードのように均質なものになってしまった」状況を、「ファスト風土」と名付けた。
ファスト風土化は、日本をダメにする元凶だ。何がいけないのか。自然、社会、環境を破壊するからである。まず、自然が残る郊外をターゲットに、ブルドーザー型開発によって商業地化する自然破壊。ショッピングセンターが巨大化すればするほど、駐車場も広大になる。たとえば、北関東最大級のショッピングセンター「イオン太田ショッピングセンター」は、敷地内に東京ドームが3個入ってしまうほどで、駐車場は4,200台分が確保されている。こんな商業施設が、農地の真ん中にドカーンと出現するわけである。田畑をコンクリートで埋め尽くすだけではない。利用客がアクセスするにはクルマは不可欠だから、石油を大量消費し、CO2を大量に排出する。ほとんどのショッピングセンターは年中無休、24時間営業の食品売り場もあるので、冷暖房が終始稼働状態である。膨大なエネルギー浪費だ。
こうした自然破壊は、同時に農村や山村の地域社会をも破壊する。地域に固有の歴史や文化を壊し、地域のアイデンティティをずたずたにする。それは、地域社会の取引関係を含めた人間関係の分断化に拍車をかける。また、そこに生活する人々の生活や暮らしを変質させる。なによりも、生活時間が都市部のそれと変らなくなる。
いっそう深刻なのは、新しい郊外部で進むファスト風土化が、旧郊外も破壊することだ。
「日本の地方都市の旧郊外は1970年代ごろ、中心市街地を貫通する旧街道から昇格した国道沿いに形成されている」。しかし、「より新しい郊外に商業集積ができると、古い郊外は廃れていく。比較的大規模なスーパーマーケットが閉店すると、そのまわりの専門店も次々と閉店し、地域全体が廃虚になっていく」。しかも、新しくできた郊外の商業集積が永続的に営業するという保障は全くない。さらなる地域間競争にさらされて、旧郊外の商業集積同様、閉店、廃虚化する可能性もある。いわば「街の使い捨て」と言うべき状況が起こるのだ。
郊外に大型ショッピングセンターが出店することで中心市街地が衰退する。それでもクルマを所有している人はいいかもしれないが、問題はクルマのない人や高齢者だ。長い間親しんできた商店街がシャッター街になり、買い物に不自由せざるを得なくなる。中心市街地の衰退と郊外店の隆盛。この十数年間ずっと言われ続けてきたことが、今では完全に全国区化してしまった。だが、それ以上に問題なのは、商店街をいわば駆逐したうえにつくられた郊外の商業施設が、新たに出店してきた新郊外店によって今度は駆逐される側に回ってしまうことだ。いったん売り上げが下降傾向を見せはじめると、そうした商業集積の撤退は早い。いつのまにか、もぬけの殻となった巨大な容物(建物)だけが田んぼの真ん中に取り残されることになる。つまり、気がついた時には、その地域には商業施設がひとつもないという状況が生まれているのである。これが、「街の使い捨て」である。
「日本中の地方で郊外化が進み、ロードサイドにショッピングセンターや外食産業、コンビニエンスストアなどの業態が増加すると、雇用面では、非正規雇用者が増加する」。経済産業省の調査によれば、店舗の大型化や長時間営業が背景と思われる「パート・アルバイト等」「臨時雇用者」の増加が目立つ。一方、個人事業所の廃業も増えている。「つまり個人営業のパパママストアが減り、常雇いのパートタイマーが増えている。それだけでなく、必要に応じて短期雇用されるだけの臨時雇用者がより増えている。継続的で安定した就業が困難になっている」のだという。
「非正規雇用では、将来に向かって計画的に生きようにも生きられない。今を楽しく生きられればそれで十分だという価値観になったとしても仕方がない。人生に対する意欲を喪失した下流的な生き方にならざるを得ない」のもやむをえないのではないかという。そして、著者はこう仮説をたてる。「過去10年から20年ほどの間にファスト風土化が進んだ地域は、下流社会化が進んだ地域なのではないか」と。
本書は、著者の「下流社会とファスト風土」論をプロローグにして、同著者の(下流社会とファスト風土先進国の)アメリカ視察旅行記、服部圭郎氏による日本のファスト風土化の現状レポートとアメリカの巨大量販店ウォルマート論、宮本冬子氏の世代論的ワーキング・プア論、藤田晃之氏のアメリカの階層格差と教育の状況についての論考、鳥海基樹氏によるフランスのファスト風土化に関する論考から構成されている。著者も強調するように、アメリカとフランスの実情についての報告が加わることで、下流社会化とファスト風土化がいわば世界同盟的に進行している現況が理解できて、議論自体が説得力のあるものになっている。
中でも筆者がとりわけ関心をもったのは、服部圭郎氏が事例として挙げている群馬県太田市のレポートだ。構造改革特区第一号「英語教育特区」で名をはせた太田市は、また別の顔をもっている。駅前の長さ700メートルの商店街が近年一大ピンク街に変ってしまったからだ(本書には夜のネオンがまぶしい南一番街商店街が写真で紹介されている)。郊外に国内最大規模のショッピングセンターを有する太田市のこの現状こそ、下流社会化とファスト風土化が表裏一体のものである事実をなによりも雄弁に語っているように思う。
(了) |