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Book Review

『見えない震災』表紙写真
五十嵐太郎編著
『見えない震災 建築・都市の強度とデザイン
みすず書房(2006年)



評:佐藤真(アルシーヴ社)


   「阪神大震災後に復興された街を歩いたときだった。むかしの民家がなくなり、画一的なミニ開発が乱立している。しかも、被災直後の公費解体の制度によって、補修するよりも建て替えがうながされた。つまり、震災は、劇的な変化をもたらしたようにみえるが、実際は日本中どこにでも進行している変化の速度を早めたにすぎない。言い方を変えれば、日本ではいつも静かな震災が起きている」。本書の編著者は、自身の論文でこう述べたうえで、耐震偽装問題は、ある意味で新築マンションでさえもすぐにスクラップにする“みえない震災”の象徴的な事件ではなかったかと問題提起する。
   ちょうど昨年の11月、姉歯秀次一級建築士による構造計算書偽造の事実が公表されるや、建築界は騒然となった。いわゆる耐震強度偽装事件である。モラルなき経済設計、建設と不動産業界の構造的問題、検査体制の不備などが指摘され、大きな社会問題となった。
   「地震、雷、火事、おやじ」という言葉のとおり、地震は、日本人にとって最も怖れられている自然災害の一つだ。その「怖いもの」ナンバー1の大地震が発生したら、あなたの住んでいるマンションは倒壊するかもしれない、などと言われてしまったら誰でも不安になるだろう。事件発覚以降、姉歯物件以外にも、耐震強度を偽った建物が多数存在することがわかった。国は、耐震性能検査の費用を負担してでも、疑いのあるマンションの安全性の確認に乗り出した。まさに、異例の処置である。
   耐震偽装のニュースを見て自分は大丈夫だと高をくくっていた人も、国土交通省の発表にはおののかざるを得なかったのではないか。住宅総数4700万戸のうち1150万戸が新耐震の基準を満たしていないというのである。なんと5戸に1戸は、震災による倒壊の恐れありと言われてしまったからだ。建設時に合法的であっても後の法令の改正により、不適確な部分が生じた物件を既存不適格という。耐震基準の他に道路幅が4mに満たないものは既存不適格になるが、全国では2000万棟、東京では150万棟が既存不適格にあたる。いわゆる木造密集地域に建つ建物の場合、違法建築でなくても既存不適格のレッテルを貼られてしまう。「向こう三軒両隣」で日頃親密に交流しているところに住んでいても、防災という観点から見る限り安全ではないというのだ。
   耐震強度偽装事件が引き金になって、日本国民はあまねく地震の恐怖に脅えることになった。普段から、大地震の状況を想定して災害に備えることは、もとより悪いことでない。しかしいうまでもなく、地震がきても絶対に壊れない家は存在しない。
   「既存不適格であろうとも、住み続けたい人がいたとする。それもひとつの生き方の選択であ」る。「だが、偽装のマンションでは、使用禁止が発令された」。その結果何がもたらされたのか。「今回の事件は、結果的に都市開発の推進者を後押しするのではないか」と、編著者は危惧する。そしてこう述懐するのだ。「スクラップ・アンド・ビルドの促進こそは、戦後日本における静かな震災ではなかったか。すなわち、高度経済成長期からバブル期まで続く、激しい建設のサイクルは、戦後最大の都市破壊でもあった」と。「過剰な予防論理は、都市改造を要請するために、まだ使用可能な建築の大量破壊を導き、人為的な地震として機能する。セキュリティのハードルを上げれば上げるほど、壊すべき建築のリストが増えていく」。
   この事件と社会に与えた影響、何かに似ていないか。そう、BSEの一連の騒ぎ。ほんの数例見つかっただけであるにもかかわらず、国内の食品店から輸入牛肉が一斉に消えた。わずかな事象がシステム全体に甚大な被害を及ぼし、場合によってはシステムの崩壊もありうる。耐震強度偽装事件の動向は、食品リスクをめぐるセキュリティ対策とほとんど同じ形で進行していった。しかし、輸入牛肉の場合は、とりあえず食べなければいいわけで、販売業者は輸入を取りやめ消費者は買い控えた。アメリカンビーフを売りにしていた牛丼屋も豚丼に鞍替えすれば、とりあえずことは収まる。だが、住宅の場合はそうはいかない。なにより、そこは自らを守る「終の住み処」になるはずの場所なのだから。こうしてわれわれは、大地震を恐れるあまりに、小さな“みえない震災”を自ら行使していくことになる。われわれは、都市の存在すら否定しようとしているようにみえる。
   「恐怖の感情に流され、既存の建物のスクラップ・アンド・ビルドを加速し、とり返しのつかない都市の資産を失うかもしれない。まずは、われわれの不安の根源を冷静に理解するための議論や客観的なデータが必要」である。今回の耐震強度偽装事件が投げ掛けた問題を、建築と都市そのものを根底から問い直すきっかけにすること。本書は、この問題に答えるべく、構造設計、耐震構造の歴史、リノベーション、まちづくり、都市計画の専門家が論文を寄せた。
   「スクラップ・アンド・ビルド型の建築指向が優先され、良質な社会資産を形成し維持していくことが得策であるという思想が確立していない」のではないか、「人為的な、計画的な、社会的な表象としての、建築の〈確実さ〉と、自然による、偶発的な、予想不可能なアクシデントの表象としての、地震の〈不確実さ〉。人智の総合としての建築と、読解不可能な脅威としての地震」が、物理的につながっているところに問題の所在がある。「100パーセント安全な建築」などないし、「人命より建築の価値が重いことはありえない」のだとしたら、結局のところ「〈建築〉を何だと考えるか」の違いで、その重きをどこに置くが重要。「〈建築の強度〉は〈まちの強度〉と相関性を示す」。「〈まちの強度〉を確保するための手法として」は、「スクラップ・アンド・ビルドという手法すら期待できない」。「〈まちのリノベーション〉手法を探ることしか」残されていないのではないか。そして最終章では、都市の魅力と価値は、複数性と複雑性にある。だとすれば、「将来の予測可能性が低下し、社会・経済の不確実さが増しているからこそ、都市の複雑さと交際し、その深みをいっそう大切に扱うべきではないか」と提言する。
   “みえない震災”というドキッとするような言葉を手掛かりにしながら、震災にからむ諸問題を考察した本書は、建築の強度とは何か、また、都市の強度とは何かを問い掛ける。と同時に、そもそも「安全・安心」とは、何を意味しているのか。今日最も関心の高い問題圏にアクセスするための手掛かりを提供してくれた。ちなみに、編著者の五十嵐太郎氏と最終章を執筆している平山洋介氏は、「en」に寄稿(編集部注)しているので、そちらもお読みいただきたい。



(注) 五十嵐太郎 『誰のための要塞学校なのか?』 Webマガジンen 2005年7月号
平山洋介 『都市は複雑、「わかりやすい」が危ない』 Webマガジンen 2005年9月号


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