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リングア・フランカへの旅――〈自由な舌〉を求めて


   食べることと話すことは、舌という器官を媒介として直接結びついています。そして、食の舌と言語の舌は、時に反発し時に癒着しながら、人類の感覚と思惟を巡る歴史を生み出してきました。この歴史の消息を読みとく旅――人類学者の今福龍太氏による連載です。


今福龍太氏写真

第7回 私は舌である

今福龍太
いまふく・りゅうた − 1955年東京生まれ。東京外国語大学大学院教授。文化批評家、人類学者。
東京大学法学部卒業後、テキサス大学大学院博士課程を経て、メキシコ国立自治大学・中部大学・慶応大学SFC・カリフォルニア大学サンタクルーズ校・札幌大学などで教鞭をとり、2005年4月から現職。サンパウロ・カトリック大学コミュニケーション・記号学部客員教授を兼任。同時に、キャンパスの外に新たな遊動的な学びの場の創造を求め、2002年より巡礼型の野外学舎である「奄美自由大学」を主宰。著書に『クレオール主義』『移り住む魂たち』『移動溶液』『ここではない場所―イマージュの回廊へ』他多数。


   「野性の舌」a wild tongue という喚起的な言葉を使って、自らの「ことば」を抑圧された民族集団がかくしもつ先鋭的な言語意識を宣揚したのが、チカーナの詩人グロリア・アンサルドゥーアGloria Anzaldúaだった。

El Anglo con cara de inocente nos arrancó la lengua.
Wild tongue can't be tamed, they can only be cut out.
(無邪気な顔をした白人が私たちから舌を抜き取った
  野性の舌は飼い馴らせない、ただ切りとられるだけだ)

   こんな、スペイン語と英語の抗争を宿した苛烈な二言語テクストの尖端でふるえる、アンサルドゥーアの「舌」=「言語」という用法のなまなましい肉体性に深く震撼させられて以来、私にとって肉体器官としての「舌」はまさに人間の言語観をその根底において左右する、抜き差しならない象徴性を持つものとなった。そこでは、マイノリティの舌にかかる言語的抑圧が、まさに舌への裂傷として、舌を抜き取ろうとする権力による物理的暴力として描かれていた。刃物以上に言語が人の肉体を傷つけ、そこに痛ましい鮮血が流される現場を、私はテキサス=アメリカのボーダー地帯に発見して立ち尽くした。
   チカーノ/チカーナ研究のみならず、エスニック研究やフェミニズム思想の近年の方向性を決定づけることになったアンサルドゥーアの著書『ボーダーランズ/ラ・フロンテーラ:新たなるメスティーサ』Boderlands/La Frantera: The New Mestiza がサンフランシスコのフェミニズム系の小出版社スピンスターズ/アーント・リュートから刊行されたのは1987年だった。あれからすでに20年が過ぎようとしていることになる。
   この本の登場は鮮烈だった。仰々しいプロモーションも、著名人による派手なブラーブ(推薦広告文)も、知識人による訳知り顔の書評も、なにもないところに登場したそれは、書店の棚で、少しずつそのラディカリズムの根を張りはじめ、予想もしない知の領土に小さな芽を吹きはじめた。刊行されて数年ののちには、有色女性によるフェミニズム思想に一石を投ずる戦闘的な思想書として、早くも古典的な位置を与えられてゆく。学位を持たぬ、貧しいメキシコ国境生まれのフェミニスト=レズビアン詩人である著者アンサルドゥーアへの、アメリカ・アカデミズム界からの無理解と差別をよそに、この本のメッセージはその真摯さと、人間意識の「根」を掘り起こそうとする本質性(根=「ラディカル」の真の意味)において、文学、学問研究、出版、教育、ジャーナリズムにわたる汎世界的な影響力を示したのだった。
   出遭いの瞬間は、いまでもよく覚えている。ホノルルのサウス・キング街の夕暮れ時。ロコ行きつけの小さなハワイ料理屋で爽やかなプリモビール(数年前に消えてしまった・・・)を飲んで喉を潤し、ロミロミ・サーモン、カルーア・ピッグそしてほのかに酸っぱいポイを食べてからおもむろに外に出て、ぶらぶらと歩くうちにぶつかった一軒の小さな本屋。Revolution Books とあった。ニューエイジ、精神世界、エスニック文学、ラディカル・ジャーナリズム……。癖のある選書の棚の一角に、アンサルドゥーアの本がひっそりと一冊、置かれていた。直観とともに手にとり、予想を超える閃きが走り、隣に置いてあったマーガレット・ランドールの『Albuquerque』と一緒に、大きな期待を込めて購入したことをよく覚えている。ハワイのローカル・フードに馴染んだ日常の軽快な舌が、痺れるほどに戦闘的な言語の舌の存在に目覚めた瞬間であった。
   アンサルドゥーアの本は、テキサス国境の大学であっても、公教育の現場における強力な国民同化装置として英語純正主義の抑圧がつねに支配的であったことを物語っていた。権力は、アメリカ国家への統合と忠誠を、メキシコ系民衆の舌の浄化によって、すなわちスペイン語の語彙やアクセントを完全に舌(=言葉づかい)から抜き取る強制的な措置によって達成しようとした。監視、懲罰、特殊学級……。すこしでもスペイン語が口から漏れでれば、教師や同級生までもが圧政者となって彼女の舌を責めたてた。彼女の舌は凍りつき、沈黙が支配した。

En boca cerrada no entran moscas.
(閉じた口には蠅は入ってこない)


   この、少女時代から、親によってうるさいほど教え込まれた格言が、ふしだらな女の饒舌を禁じるためのジェンダー的強制の文脈ではなく、一人のチカーナの言語的固有性を封殺し、沈黙を強要するための政治的モットーとして、アンサルドゥーアの言語意識を攻撃し、飼い馴らそうとした。だがまさにその強要された沈黙の地点から、この本は、それへの叛乱として、革命的言語意識の真摯な宣言として書かれることになった。彼女の言う「野性の舌」とは、けっしてスペイン語そのもののことではない。それはむしろ、スペイン語と英語のあいだを継続的に行き来しながらやりとりされる彼女の日常言語、もっとも自然に発せられるヴァナキュラーな日常言語のみずみずしい感情表現と精緻な修辞学の世界を指す言葉だった。この本が、論理的記述と、詩的飛躍との複雑な綾織りによって書かれているという秘密も、まさにこの「野性の舌」というものの重層性のなせるわざだった。人間の存在の固有性、それはその人間の「生きるさま」が投影された日常言語の用法の固有性のなかにこそある。それを、「スペイン語」とか「英語」とかいった抽象化・理念化された単一言語システムのなかに還元しさることなど、できようはずもない。いくつもの変異を宿したテキサス国境地帯のスペイン語と、これまたいくつもの変異を含むチカーノ英語との往復運動のなかから、真実の意味を語りだそうとするアンサルドゥーアにとって、栽培され、養殖され、教育された「舌」ではない、まさに「野性の舌」としか名づけようのない言語意識こそが、自分自身の存在のすべてであった。

「私を傷つけたかったら、私の舌=言語(レングア)を傷つけなさい! なぜなら、私は舌=言語なのですから!」

   I am my language. Soy mi lengua. 「私の舌が、私である」──。自己の身体と精神を、一個の「舌」として意識するこの透徹した思想。自らのもつ「野性の舌」への信頼と愛情がなければ、自分への、そして自分が属する社会集団への信頼も愛情もありえない。幻想の「国家語」への自動的な帰依からもっとも遠い、このラディカルな多言語主義の実践と思想を私がはじめて明確に意識したのもまた、アンサルドゥーアの著作においてだった。

   Mise an teanga(ミサン・チャンガ)、すなわちゲール語で「私は舌だ」という一節で始まる戦闘的な詩作品「第二の舌」Teanga Eile/Second Tongueを自作朗読する若い詩人ゲアロイド・マクラフリンの声が私に届いたのはごく最近のことである。それは、アンサルドゥーアの著作が発していた叫びに勝るとも劣らない、圧倒的な強度を持って私に迫ってきた。

Mise an teanga
i mála an fhuadaitheora,
liopaí fuaite le snáthaid,
cosa ag ciceáil.......

I am the tongue
in the kidnapper's sack
lips stitched, feet flailing......

私は舌だ
誘拐された袋の中で
縫われてしまった唇、竿のように振り回す足。
私は舌だ
役所の事務室にしつらえられた
肉屋の俎板に縛りつけられて、
乱打され、壊れてしまった肉体
夕暮れ時に溝に捨てられた。
私は舌だ
それは夜にやってくる。
私は呪いだ
それは湾曲した電気コードの中を泳いでくる。
私はきみのテーブルの上でゆれる電球の
電熱線の中で柔らかに歌う。
私はクレオールのジョニー・ダーク。
私は、破壊された街の地下にひろがる
真っ暗闇の秘密のアーケードを飛び回る。
私は舌だ
きみは暗い夜道で、居酒屋で、私を避ける。
私はフードゥーの疫病神
曲がり角できみを待ちかまえる
黄色い街灯の下で
女に振られたジョンのようにきみにつきまとう。
私は舌だ
きみがそれを黙らせた。
私はパトワだ。
私はマンボ・ジャンボだ、ジュジュだ、
呪い言葉だ
珍奇な詩人の
黒いポケットの中に
突っ込まれた奨学金の札束だ。(拙訳)

   ここにあるのは、アイルランドの失われかけた古語=ヴァナキュラー言語としてのゲール語と、教育と社会統合によって獲得された第二言語としての英語との、すさまじい抗争の風景である。その風景を、マクラフリンは、ともに嵐のような唸りを上げるゲール語と英語の交錯する二言語パフォーマンスとして朗読する(Gearóid Mac Lochlainn. Sruth Teangacha/Stream of Tongues. Conamara: Cló Iar-Chonnachta, 2002. 付属CD)。いうまでもなく、英語こそ彼のネイティヴな第一言語であり、ゲール語は成長してのちに自覚的に習い覚えた獲得言語であるにもかかわらず、マクラフリンはその関係を逆転させ、ゲール語詩人として自らを再誕生させる。彼はまずゲール語で書き、そのケルトの古老の語り部の息を宿した言語を、逐語訳ではない自由な英語による「翻訳」によってさらに揺さぶる。その嵐のなかで、ケルト文化の言霊や妖精は、アメリカ南部やカリブ海のクレオール文化が創造したヴードゥー(=フードゥー)やマンボ・ジャンボ、ジュジュのような呪術的混淆文化を一気に呼び出してゆく……。もはやゲール語は伝統的なルーツに安住する古語ではなかった。英語に対する現代の闘いを挑むためのハイブリッドな混淆語へとそれはすでに変容していたのである。
   ここにもまた一人、「私は舌だ」と明確に書きつける者がいた。植民地アイルランドの言語抗争の歴史をまるごと多言語的文学表現によって描写しようとしたジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を受け継ぐ新しい世代の、壮大な言語的叛乱。市役所の一室に囲い込まれた肉屋の俎板の上で、いまにも調理されようとする苦渋の舌、その瀕死の舌が最後の瞬間に見せるであろう舞踏と跳躍とを、マクラフリンとともに私もいま見届けねばならない。アイルランドに、メキシコ国境に、そして沖縄に……。

<次号につづく>



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