[トップページへ]

Book Review

『心脳コントロール社会』表紙写真
小森陽一
『心脳コントロール社会
ちくま新書(2006年)



評:佐藤真(アルシーヴ社)


   「心脳マーケティング」というのがある。「人間の心とは脳が活動することである」という最新の脳科学の知見を取り込んだマーケティング理論のことだ。その名付け親であるジェラルド・ザルトマンによれば、人間の思考や感情は、ニューロンの活動とニューロン相互の間の刺激の交換によって発生するものであり、それをマーケティングに利用し、「心−脳−体−社会」の相互関係の中で消費行動を操作するというのが「心脳マーケティング」だという。従来のマーケティングが統計学をベースにした購買(消費)機会(チャンス)の創出にあるのに対して、「心脳マーケティング」は人間の心に踏み込んで消費そのものを操作するという点で、これまでとはまったく異なる戦略なのだ。
   「心脳マーケティング」の手法は、今や広告戦略のみならず、政治や外交にも利用され始めている。たとえば、問題を「快」か「不快」かの二者択一に単純化し、「好き」/「嫌い」で判断させようとする。人を一種の思考停止状態へと追い込んでいく。人間の心を操作し世論を動かすのだ。実際にそういうことがすでに起こっているという。本書は、この恐るべき「心脳操作」の実態を「心脳コントロール社会」と呼び、そのメカニズムを明らかにしようという試みである。著者は「心脳操作」に騙されないためにはどうすればよいか、批判とともに具体的な手ほどきを提示する。
   ザルトマンの「心脳マーケティング」についてもう少し説明しておこう。ザルトマンの手法の特徴は、人間の無意識を重視するところにある。認知心理学が明らかにしたところによれば、1秒間に全身から脳に伝えられる情報は数百万ビットに達するのに対して、意識にのぼるのはわずかに40ビットにすぎず、意識化されるのは全情報の0.001%程度だといわれている。ザルトマンは、認知や認識が心の陰の部分、つまり意識されない無意識の領域で起こっているとして、それを「高位意識」に対して「認知的無意識」と呼ぶ。普段意思決定によって遂行されているように思われることも、じつはそのほとんどが潜在化している「認知的無意識」に深く関わっているというのである。ザルトマンの手法は、「この潜在化している〈認知的無意識〉をどれだけ、意識化できるように、顕在化することができる」かに主眼がおかれている。
   ザルトマンが最も重視するのが記憶だ。記憶を「自発的に想起することができる」「顕在記憶」と「自発的に想起することのできない」「潜在記憶」に分けて、この「潜在記憶」にいかに働きかけるかに重点をおく。その戦略の中核に置かれているのが「プライミング」である。「一つのキュー(刺激)が、ある特定のエングラム(記憶)を活性化させ、そのエングラムが次には別なキューの役割を担い、別なエングラムを活性化する、といういくつかのプロセスを積み重ねれば、かなり的確に、ある特定の一つの方向に、人々を誘導していくことが可能になる」わけで、それが「プライミング」の過程の操作である。「心脳マーケティング」は、「有効なキューを考案し、多くの人々の特定の記憶を活性化して、ある特定の行動を行うように誘導する」ところにそのツボがあるというわけだ。そして、この「心脳マーケティング」が、商品のブランドづくりや商品広告だけでなく、実際に政治的なプロバガンダに応用されているのである。
   「心脳マーケティング」が「政治的プロバガンダ」に応用されている事例として、著者は、ブッシュ政権と小泉政権の政治戦略を俎上にあげて分析する。ブッシュ政権の場合は、9・11以降、2002年のアメリカ大統領一般教書演説で出された「War on Terror」というスローガンとそれに対するアメリカ国民の反応について、また、小泉政権の場合は、2005年9月1日の衆議院議員選挙の自民党の選挙スローガン、「改革を止めるな。」とそれに対する日本国民の反応について。
   ブッシュ政権は、「地球温暖化=Global Warming」という言葉を「気候変動=Climate Change」と呼び換えたり、「遺産税(わが国の相続税)」を「死税」と呼び換えることによって、「不快」を「快」に、逆に「快」を「不快」に転換させる政策をマーケティング会社と一体となって意図的に行ってきた。同様の手法が「War on Terror」でも全面的に展開された。「悪の枢軸」という言葉と関連させながら、テロ=悪に対する「正義の戦争」というイメージをつくり出していったのだ。著者の関心は、なぜアメリカ国民が戦争に「快」のイメージをもつようになったのかというところにある。そこに「心脳マーケティング」が深く関わってくるのである。「大義のない〈defense〉にうんざりして〈不快〉感を抱きつづけていたアメリカ合衆国国民にとって、〈War on Terror〉というスローガンは、輝かしいアメリカ合衆国の〈正義の戦争〉の記憶のエングラムを呼び覚ます、決定的なキューの役割を果たし、テロの恐怖から世界を救うための戦争として、二〇〇三年三月二〇日からアメリカとイギリスによって始められたイラク攻撃を、〈快〉として受けとめるような、気分感情のゴールを準備していた」のである。
   小泉政権の場合は、いわゆる「小泉劇場」とそれに対する国民の反応。じつは、昨年の衆議院議員選挙では、あるマーケティング会社が自民党と契約を結び衆知に政策が練られていた。「通常の広告戦略から考えると、〈止めるな〉という否定形は、マイナスのイメージを与えるため、選ばれないはず」なのだが、この「キャッチ・コピーにゴー・サインが出されたのは、〈改革〉という言葉に、有権者の意識に〈快〉のイメージを与えうるインパクトがあったから」だという。ここでは、社会的集合記憶と個人記憶、短期、中期、長期の記憶といった「心脳マーケティング」にも利用されている記憶の理論が全面的に採用されているという。
   「〈郵政民営化YESかNOか〉という単純化された〈ワンフレーズ・ポリティクス〉によって、〈なぜ?〉という問いかけが、日本社会全体から消去され、〈改革〉を推し進める善玉〈刺客〉による悪玉〈守旧〉(改革の反対語)派退治という時代劇スペクタクルの中で、マス・メディアは〈小さな政府〉〈構造改革〉を無前提に支持し、他の重要な政治課題は、一切吹き飛んでしまうような巨大官僚ハリケーンが、〈小泉劇場総選挙〉だった」のであり、「その中で有権者の〈人間の脳〉が停止させられ、〈動物の脳〉におとしめられた」のであった。
   著者は日本近代文学研究者であり文芸評論家である。なぜそういう立場の人間が「心脳操作」を批判するのか、その理由を自らこう語っている。「私自身が深くかかわっている学問領域が、資本と国家が大衆を操作する道具に使われている現状に、責任をとらなければならないと思う」からだという。つまり、人類学や心理学、文学などの学際的な研究成果のすべてが、「心脳マーケティング」の手法として利用されているという現状に対する批判だというわけである。かくいう筆者も、学際的研究に片足を突っ込みながら、他方マーケティング活動に関わり続けてきたし、今もその立場は変わっていない。そして、著者同様にその矛盾を強く感じてきた人間の一人でもある。筆者はその矛盾を徹底的に突き詰めることによって、論理破綻の究極を逆に暴き出すという戦略をとってきた。しかしながら、事態はいっこうに良くなる気配はない。著者のナイーヴで直球型の批判に素直にエールを送りたい。



ページTOPに戻る ▲


Copyright(C)2002 The Salt Industry Center of Japan. ALL RIGHTS RESERVED.