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『ダヴィンチ・コード』という作品が話題になった。翻訳本が出て間もなく、表紙絵と話題性に惹かれて手に取ったところ、読みやすく、ハラハラドキドキしながら一気に読んでしまった。
先日、映画が公開されたので見に行った。読後、時間がたっていたため、映画を鑑賞しながら記憶を呼び覚ますような感覚だった。幸か不幸か結末を忘れていたので新鮮に感じたが、本を読んでいなかった同行者は、複雑でよくわからなかったそうだ。背景等、映画では説明しきれていなかったせいかもしれない。気の毒なことをしてしまった。本のほうが、じっくりと作品と向き合えるので、その後は、周囲に本を勧めることにしている。
さて、この作品では、レオナルド・ダヴィンチの「最後の晩餐」という絵画に着目している。この絵画は非常に有名なので、見たことがない人は極めて少ないのではないだろうか。作品名と絵画が一致しない人でも、テレビや美術の教科書等で取り上げられることもあるので、一目見れば「あぁ、これか」と思うだろう。
『ダヴィンチ・コード』は、この有名な絵画を取り上げることで、‘見ているようで見ていない私’に気付かせてくれる。
「最後の晩餐」は、いろいろな人によって描かれている。レオナルド・ダヴィンチの作品では、イエスと彼を囲む12名の使徒が描かれている。ここで、思い出してみよう。イエスの左右に使徒は何名いただろうか?そして、裏切り者のユダはどこに位置していただろうか?
ここで、‘見ているようで見ていない私’に出会われてしまった方もいるかもしれない。正解は、イエスの左右に使徒は6名ずつ。ユダは、向かって左から5番目に位置している。
ところで、このユダの前に、倒れた塩壺が描かれていることはご存知だろうか。外国の大手製塩会社のPR資料で紹介されていたらしい。この塩壺について『塩の博物誌』では、「神との契約が破棄されたことを暗示している。」と解釈されている。日本に限らず、キリスト教でも塩は神聖なものとして扱われていたようだ。
この絵画は、イタリアのミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ修道院食堂の壁画として現存しているが、フレスコ画で痛みがひどく、不鮮明な部分が多かった。塩壺もその一つだった。
最近、この絵画が修復されたと聞き、非常に期待して修復後の絵画を探してみた。ところが、残念ながら修復後もこの部分は、不鮮明なままであった。この絵画は、加筆・修正により真筆がわからなくなっている部分があるそうだ。塩壺の部分が不鮮明のままということは、まさにその部分の一つなのかもしれない。レオナルド・ダヴィンチは、本当にこの部分に塩壺を描いたのか否か、この謎は未だ謎のままである。
Webマガジンen編集部 |