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コラム:コントロール


   いろいろなところで「管理」への要請が強くなってきているのが感じられます。しかし一方で「管理」という言葉には、自由を阻害するものとしての否定的な意味合いがあるのも確かです。様々な角度から「管理」をとらえたときに何が見えてくるのか――各界気鋭の研究者の方々にご寄稿いただきます。


数土氏写真
管理しない管理

数土直紀

すど・なおき − 1965年メキシコ生まれ。東京大学文学部卒業、同大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。信州大学人文学部助教授などを経て、現在は学習院大学法学部教授。研究テーマは自由論、平等論。
著書に『自由という服従』(光文社新書)、『理解できない他者と理解されない自己―寛容の社会理論』(勁草書房)、『自由の社会理論』(多賀出版)など。


日本的雇用慣行の変化
   日本的な雇用慣行として、年功序列賃金と終身雇用がよく指摘されています。これとは別に、新卒一括採用も日本企業の特徴として指摘できるかもしれません。このような雇用慣行の下では、学校を卒業したと同時に企業に就職し、そして定年までその企業に働き続けることが典型的な雇用者のライフコースとしてイメージされます。
   しかし、このような日本的な雇用慣行が90年代以降、揺らいできていることが多くの人によって指摘されています。実際に日本社会では、90年代半ばから非正規雇用者が一貫して増えているのです(図1)。

   もしこれが事実だとすると、日本の雇用者は、かつて享受していた比較的安定した身分から、次第に不安定な身分へと置き換えられつつあると言えるかもしれません。そして、仮に雇用者の身分がかつてよりも不安定なものになったとすれば、雇用者の企業に対する立場はとうぜん弱まるはずですし、かつてであれば引き受ける必要のなかった企業の要求も呑まざるをえなくなるはずです。つまり、身分の不安定な雇用者は、かつてよりも劣悪な労働条件を甘受せざるをえないことが予測できます。
   たとえば、労働条件の劣悪さを示す指標として労働時間を挙げることができます。雇用者にとって長時間労働に従事させられる職場環境は望ましいとはいえません。したがって、雇用者にとって有利とはいえない状況では、労働時間が長くなることを予測できます。つまり、非正規雇用が増え、雇用者の従業上の身分が次第に不安定になりつつある90年代以降、雇用者の労働時間は増えているはずだと考えることは自然です。


労働時間の変化

   しかし、このような一見すると自明にみえる推測は、少なくとも統計的には支持されません。官庁が公表している雇用者一人当たりの労働時間はむしろ減少しているからです(図2)。図2によれば、90年代以降、総実労働時間数は減少しています。しかし、すでに確認したように、日本社会では90年代半ば以降、非正規雇用が全体に占める割合が一貫して上昇していました。もちろん、総実労働時間数が90年代になって減少した背景には、法改正であるとか、経済状況であるとか、考慮にいれなければいけない要因がいくつか存在します。しかし、仮にそうした要因を考慮にいれたとしても、この現象はやや意外という感じがします。

   また同様のことは、社会調査データによる個票分析においても観察できます。私もメンバーとして関わった2003年pre-SSM調査では、回答者に労働時間を尋ねています。その結果によると、立場が弱いはずの(派遣社員・契約社員・嘱託という身分で勤務している)雇用者よりも、立場が強いはずの常時雇用されている一般従業者の労働時間の方が長くなっているからです。どうやら、安定した身分を得ている正規雇用者の方がたくさん働いているようです。いわば、正規雇用者は、安定した身分に甘んじることなく、自ら積極的に企業のために働いているようです。
   でも、なぜでしょう。正規雇用されている人間は、所属集団(企業、職場)への帰属意識が強く、その分、仕事に対して高いコミットメント(関与)をもつからだ、というのは一つの可能な説明です。でも、本当でしょうか。



徹底した服従
   私は、『自由という服従』(光文社)という小著において「理由なき服従」の分析を試みたことがあります。上述の問いを考える際の参考になるので、簡単にその内容を紹介しましょう。
   理由なき服従とは、ある人がある人に対して、制裁を行使される可能性がほとんどないにもかかわらず、(過剰に)服従している現象を意味します。反抗しても制裁の可能性がほとんどないはずなのに従順に従っているのだとすれば、第三者にはそのような服従はきわめて非合理的なものにみえるはずです。だから、「理由なき」服従です。
   しかし、私が拙著で指摘したことは、いっけんすると理由なき服従として観察される現象も、その人の主観的合理性に基づいて判断すれば、合理的な理由が存在するということでした。
   理由なき服従が生じるための条件は二つです。一つは、制裁が行使された場合(ただし、制裁が行使される可能性はきわめて低い、とします)、制裁によって被るダメージがきわめて甚大であるという条件です。もう一つは、制裁を行使できるものの内面にほんの少しばかり不透明性が存在するという条件です。この二つの条件が揃うと、第三者には過剰に思える「理由なき服従」が、当事者の合理的な判断によって自発的に選択されるようになります。
   終身雇用という形で安定した身分を保証されている正規雇用者が、長時間労働という形で企業に対して過剰に尽くしているのだとすれば、そこに理由なき服従が発生している可能性があります。たとえ企業によって企図されたわけではないにしても、日本的雇用慣行が結果としてそのような理由なき服従を産んでいるのだとしたら、そのような自発的服従を産むシステムは、究極の管理システムと呼べるかもしれません。


新卒一括採用・終身雇用
   それでは、日本的雇用慣行が理由なき服従を産み出す条件をもっているかどうかを確認しましょう。
   新卒一括採用と終身雇用がセットになると、閉鎖的な労働市場が成立します。このような閉鎖的な労働市場では、一度でも正規雇用の職を失うと、正規雇用の職に再度就くことが困難になります。したがって、このような閉鎖的な労働市場が成立している日本社会では、企業に勤めている正規雇用者の転職は、多くの場合、下降移動を意味します。
   つまり、終身雇用が慣行として成立している社会では、雇用者は確かに現在の身分を保証されているのですが、しかしその慣行が新卒一括採用と組み合わさると、職を失うことのリスクを高めてしまうのです。何らかの理由で現在の職を辞めた場合、転職しても、現在と同じ待遇を得られる見込みはきわめて低いのです。このような社会では、中途採用が珍しくなく、それゆえ転職の盛んな社会と比較すれば、職を失うことのリスクが高くなるはずです。
   このことから、新卒一括採用とセットになった終身雇用制度は、解雇という制裁が企業によって行使されたときに雇用者が被るダメージを甚大なものにすること、つまり理由なき服従を産み出す一つの条件を私たちの社会がクリアしていることが分かりました。
   また、終身雇用を採用している企業といえども、何らかの事情で雇用者を解雇することはあります。もちろん、そのようなことが頻繁に行われてしまえば、もはやそこには終身雇用は存在しません。しかし、理由なき服従が産み出されるためには、制裁が行使されることで被るダメージが甚大なものでありさえすれば、その可能性はわずかなもので十分だったのです。
   このことから、終身雇用制度が慣行として成立している社会では、理由なき服従を産み出すもう一つの条件もクリアされていることが分かりました。
   実は、日本的雇用慣行は、理由なき服従を産み出す二つの社会的条件を満足していたのです。


管理しない管理

   日本人は、働きすぎだと批判されます。実際に、労働時間の長さは、先進国の中では今でもトップクラスです(図3)。また、サービス残業は当たり前で、有給休暇や、育児休暇をとりにくいといったこともよく指摘されます。
   このような日本人の「個を殺し、過剰に組織にコミットする」傾向を、国民性や文化といった概念で説明しようとすることは少なくありません。しかし実際は、国民性や文化といった曖昧な概念をもちいなくても、終身雇用と新卒一括採用がセットになった社会を想定することで、「個を殺し、過剰に組織にコミットする」傾向を、すなわち「理由なき服従」を合理的に説明することができます。逆にいえば、終身雇用と新卒一括採用といった慣行が崩壊すれば、日本人の「個を殺し、過剰に組織にコミットする」傾向も何らかの影響を被ることを予想できますし、また実際にそうなりつつあるように感じています。
   確かに、正規雇用の社員は、終身雇用という慣行によってその身分を保証されていました。しかし、終身雇用という慣行がかえって「理由なき服従」を生み出す条件を構成していたとすれば、それは皮肉な現象といえないでしょうか。

   最後に、本コラムの共通のテーマである管理との関連について述べましょう。管理というのは難しい概念です。他の要因と組み合わさることで、管理しないことが管理することになったり、逆に管理することが管理しないことになったりするからです。企業は雇用者の身分を保証することでかえって過剰な服従を引き出すことに成功していたのですから、これは、管理しないことが管理することになっている例と考えることができないでしょうか。

(了)


文献

数土直紀 , 2005, 『自由という服従』(光文社新書)
労働政策研究・研修機構 , 2006, 『データブック国際労働比較 2006 』


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