[トップページへ]

リングア・フランカへの旅――〈自由な舌〉を求めて


   食べることと話すことは、舌という器官を媒介として直接結びついています。そして、食の舌と言語の舌は、時に反発し時に癒着しながら、人類の感覚と思惟を巡る歴史を生み出してきました。この歴史の消息を読みとく旅――人類学者の今福龍太氏による連載です。


今福龍太氏写真

第4回 舌の上のフットボール

今福龍太
いまふく・りゅうた − 1955年東京生まれ。東京外国語大学大学院教授。文化批評家、人類学者。
東京大学法学部卒業後、テキサス大学大学院博士課程を経て、メキシコ国立自治大学・中部大学・慶応大学SFC・カリフォルニア大学サンタクルーズ校・札幌大学などで教鞭をとり、2005年4月から現職。サンパウロ・カトリック大学コミュニケーション・記号学部客員教授を兼任。同時に、キャンパスの外に新たな遊動的な学びの場の創造を求め、2002年より巡礼型の野外学舎である「奄美自由大学」を主宰。著書に『クレオール主義』『移り住む魂たち』『移動溶液』『ここではない場所―イマージュの回廊へ』他多数。


食、智慧の源泉
   舌に、かぎりなく肉体的な刺戟と快楽を与えてくれる映画……。食の舌、性の舌、さらに言葉の饒舌が三位一体となって熱帯の驟雨のように私たちの身体感覚に直接降りかかってくる至高の映像体験は、私にとっていまだにブラジル映画『ドナ・フロールと二人の夫』Dona Flor e Seus Dois Maridos(1976)のそれをおいてほかにない。この作品は、ブラジル現代文学の巨匠ジョルジ・アマードの同名の原作小説(1966)を脚色した監督ブルーノ・バレットの会心作だったが、日本では80年代の頭にアメリカ経由の英語吹き替え版が東京の場末の映画館でポルノグラフィー映画のような扱いで夜遅くひっそりと上映され、そのまま忘れ去られてしまった(そのときの邦題は「未亡人ドナ・フロールの理想的再婚生活」!)。刺戟的なセックスシーンも登場するが、それも含めて、ここには、食、性、音楽、踊り、カーニヴァル、神、呪術、といったブラジル庶民の日常のすべての肉体的快楽と精神的帰依の感覚が横溢していて、文句なく素晴らしい。これを猥褻なポルノ映画としか見做せない日本人の意識の陰湿な視線こそが、これらすべての日常的な美と快楽を遠ざけ、タブーの領域へと押し込めてしまう元凶であるにちがいない。日本からブラジルがはるかに遠い、と実感するのはこうした瞬間である。
   細く浅黒い野性的肉体の輝きを発散する美女ソニア・ブラーガ演ずる若妻ドナ・フロール。彼女は、アフロ・ブラジル文化の心臓部バイーアの下町にある自宅で人気の料理教室を開いている評判の主婦である。美しいアズレージョ(ポルトガル産の青いタイル)で被われた植民地風の家の入口にある看板は「料理学校:味覚と芸術」と読める。サボール・イ・アルチ(味覚と技芸)Sabor e Arte──「食」というものの、なんとも見事な定義ではないだろうか。いうまでもなく、味=味覚saborという単語はsaber(知る=智恵)という単語と共通の語根を持っており、人間が外界を「知る」最初の行為が、舌によってモノをしゃぶり、舐めてみることだった経緯がここに明確にあらわれている。そしていまだに、舌によって得られる原初的な智恵や知識は、すべての人間の理解の核心にあって、それこそが、人生を機械的にやり過ごすのではなく、生を技芸(=芸術)へと昇華させるブラジルの日常哲学を支えている。最初の夫であるジゴロ、ヴァジーニョがカーニヴァルのさなかに踊りながら心臓麻痺で死ぬことからフロールの生活は急展開し、まったく正反対の性格を持った堅物の薬剤師と再婚したフロールの前に全裸のヴァジーニョの亡霊が現われ共同生活を始める。質実な生活というついに実現した理想と、過去の不道徳ではあれ輝かしく奔放な性生活の記憶とのなかで引き裂かれる一人の女、すなわち私たちの理性と肉体のあいだの逡巡を、この作品は世俗的快楽と聖性とのはざまで見事に饒舌に語りきっていた。
   映画では、ドナ・フロールは、バイーア女性が伝統的に身につけてきた縁にレースが微細にあしらわれた白く美しいドレスを着て、香りたつ極彩色のバイーア料理の皿を手際よく準備していく。干しエビと潰した豆とタマネギ、さらに細切りカイエンペッパーを加えてデンデ(ヤシ油)で揚げたコロッケを辛い緑のソースで食べる「アカラジェ」。白身魚の厚切りフィレをチリ、ライム、リーキ、トマト、シラントロ、チョウジ、などでマリネして並べた絵画のような「セヴィーシェ」。小ぶりのワタリガニの殻のなかにカニ肉、ミソ、ライム、いためたタマネギ、新鮮なきざみパセリ、チリソース、コーンスターチでできた具を入れ、上からパルメザン・チーズをたっぷりかけてオーブンで焼いた「カスキーニョス・レシェアードス」。鶏とエビをカシューナッツ、ピーナッツ、ココナッツミルクと一緒に煮込んだシチュー「シンシン」。円い大きなカボチャをまるごと器にして、エビとカボチャとニンニクとトマトで仕上げたまろやかな煮込み料理「ピタンガ」……。これらはみな、豊かな入江に面し、遠い父祖の地アフリカへとつづく海の幸を利用するバイーア人たちの、贅沢にも見える、だがもっとも日常の皿である。無数の香草と、微妙な辛味と、あざやかな色と、母である海の塩味が、食と芸術とを、智恵と直観とを、見事に接続し統率している。そしてそのような「食」の豊かで官能的な体験が、じつは、「性」や「踊り」や「音楽」やカーニヴァルの快楽と放縦に直結していることの幸福を、私はドナ・フロールのしぐさと身体とを通じて痛烈に理解するのだ。食の豊穰と奔放が、なによりもまずそこに生きる人間の智慧の源泉となる。こんな単純な原理を、私はブラジルでふたたび思い出す。
   ひるがえって、庶民の食の崩壊を私はいまの日本に痛感して、暗澹となる。グルメ文化がかろうじてつなぎ止めている、美食的なレストランの林立とそこで供される気取った料理は、ここでのわたしの思考の対象ではない。私が憂えるのは、日常の食とその延長にある庶民食を供する場が、劣悪な味覚と皮相な合理主義によって支配されてしまったことである。味の豊かな個性を維持していた家族経営の良心的な食堂を、効率優先の市場原理の末端までの浸透によって、私たちは見事に喪失した。都会の昼時のホテルのビュッフェでは、料理ならざる冷めた合理主義の産物が、保温プレートの上にひしめき、それらを無感動の表情で人々が胃に流し込んでいる。ただ安いというだけの、郊外のチェーンレストランや回転寿司屋の前では、駐車場に入りきらない車がそれでも行列をなして順番待ちをしている。天丼の具は衣だけ肥大化し、カレーライスのラッキョウは甘すぎ、サンドウィッチのパンはふやけ湿っている……。日常の味覚を生成すべき舌が崩壊した文化にとって、そこにあるのはたんに食の崩壊だけではない。ただちに始まるのは智慧の崩壊であり、それはなによりもまず日常言語の崩壊として表面化する。言葉によるコミュニケーションの技芸が失われかけている現場を、私はいまあちこちでいやでも目撃する。


中田の舌の10分間の孤独

   ワールドカップの熱狂は、日本チームが敗退することで一部の人々にとってはもう終わってしまったのかもしれない。だが、すくなくとも私にとっては、ブラジルがプレーしつづけているかぎり、至福の瞬間はまだ未来にある。彼らの「味覚」と「芸術」とが、足のアートとして示される充満した時間を、私は心待ちにする。ブラジルの選手たちが、試合前に美味しいものをたらふく食べ、おおいに飲み、夜明けまで踊り歌うという当然の快楽が、どうして非難の対象になるのか、ロナウドにもカカにもロベルト・カルロスにも永遠に不可解である。
   そんな哲学を共有できる日本のジョガドールは中田英寿ただ一人であろう。イタリアのセリエAペルージャに移った当初から、中田にはグルメ的美食家とはちがう異なった「食」への特別の好奇心が感じられた。イタリアでは珍しい内陸のウンブリア州の特産品である獣肉や、フィノッキ(ういきょう)、黒トリュフなどの生の素材を、彼は旺盛な好奇心とともに摂取していった。舌の好奇心は、知の好奇心に直結する。したがって当然のごとく、彼は食べ物への執着を言葉への執着へと移行させ、数年にして見事なイタリア語を自らのものとしてしまった。ウンブリアの地方料理によって開眼した新しい味覚の舌が、新しい言語の舌を覚醒させたのだ。イギリスに移ったあとの中田も、この進化をやめない。新しい言語を媒介につねに新しい語彙=思惟を自らに取りこみ、舌の進化を通じてサッカーというトータルな「技芸」を洗練させてゆく彼の日常哲学は、いまだに崩されてはいないように見える。ブラジルのバイーアの街角で、中田英寿がドナ・フロールの食卓についている姿は、あまりに見事に決まっていてその隣に座っていてもいいはずのロナウジーニョの姿がかすんでしまうほどである。サトウキビ焼酎カシャーサの酒精を舌の上で転がしながらすこしずつ胃の中に流し入れ、おもむろにアカラジェを手にとってにぶりつき、美味の破顔とともにシンシンの濃厚なひと掬いをスプーンでヒラリと口に滑り込ませる。そのあとで、フロールにむけて意味深な愛の囁きの言葉が彼の口からもれだす……。私の夢想は、彼をブラジル人以上にブラジル人の姿に替えてゆく……。
   対ブラジル戦終了直後の中田の孤独を、私は直観的に理解した。チームとして横並びになってサポーターに敗戦の挨拶をする情報資本主義の規律と儀式をボイコットしてまで、彼が一人センターサークルに仰向けに倒れ込み、ルシオと交換したカナリア色のユニフォームで顔を隠しながら堪えていた孤独を。沈黙と涙のなかで、中田がつかのま憑依していたのは、チームプレーの実践の抑圧とともに彼が遠ざけていた、意識のブラジル人としての、孤高の美学、すなわち美味と饒舌の美学だった。そのあたりまえの美学が彼にとって孤高であるのは、ただ単純に彼が日本チームでプレーせねばならないという矛盾のなせる技だった。このチームに染みついた抑圧の構造を、ジーコとともに彼は放擲しようと苦闘した。中田のサッカーの魂の源泉は、この美味と饒舌の美学のなかにしかなかったからである。豊穰の舌を繰りながら、Futebol-Arte(フチボール=アルチ)、すなわち技芸としてのサッカーに邁進するブラジル人イレブンの流れるような運動体に、彼は幾度浸透していきたい、と不可能な幻影を見ていたことだろう。
   3対1となりもはや試合の形勢は固まっていた後半21分、高原に代わって大黒がピッチに入ろうとするとき、監督ジーコは大黒に、この最後の瞬間に彼が、チームが賭けるべき「フットボールしつづける」ことの意志の強度を、しっかりと大黒に言葉で伝えようとした。だが、テレビキャメラが映しだしていた光景は、熱く語りかけようとするジーコにそっぽを向いて、通訳の口だけを見てはやる大黒のさびしい姿だった。ジーコのポルトガル語の意味が理解できるかどうか、そのことが問題なのではない。だが、ジーコが、自らの舌を奮わせながら、最後の瞬間に伝えようとした言葉と情熱のヴァイブレーションを、大黒は自らの身体にきざみ込むことを忘れ、無視を決め込んだ。その無視が、どれほど無意識のものであり、大黒がすでにピッチのなかにすべての思いを集中していたのだとしても、私はここに日本とブラジルの永遠の距離を見る。コミュニケーションのもっとも本質的な技芸の不在を……。これが中田であれば、イタリア語でジーコとさしで話し合い、時には怒鳴り合い喧嘩し合いながら、そのポルトガル語とイタリア語と英語のはざまで響く一言半句から、野性の舌と舌の壮絶な触れ合いのなかから、フットボールの核心にある哲学をあやまたずつかみだすことができたであろう。そんなことができるのは、残念ながら、中田しかいなった。
   大黒よ、ジーコの震える舌を心して凝視せよ! その響きに向き合い、それを自分の体内深く刻み込め! 中澤よ、90分間ガムを噛みつづけるきみの口にフットボールの女神がくちづけすることはありえない。自由な舌を取り戻し、それを自由な空間で遊ばる快楽を思い出せ!……
   舌がボールを蹴るわけではない。だが、舌と叡知と身体技芸の豊かな相互浸透を忘れた者に、永遠に「ブラジル」は訪れない。6万人が見守るドルトムント、ウェストファリア・スタジアムのセンターサークルで天を仰いでいた中田の10分間の孤独は、その沈黙は、彼の奪われかけていた「舌」がふたたび覚醒するために必要な儀礼だった。それは苦痛の果ての、透明な真実の顕現の快感でもあった。舌の上で躍動するフチボール=アルチの感触を思い出しながら、中田は敗戦といった「結果」からは永遠に遠い地点で、ただこの遊戯的な舌が再生する幸福感に痺れていた。

<次号につづく>

 



ページTOPに戻る ▲


Copyright(C)2002 The Salt Industry Center of Japan. ALL RIGHTS RESERVED.