なぜ教養がグロテスクなのか。著者は、終わりまで読めばその意図は十分納得してもらえるはずだと言うのだが、いまいちピンとこなかった。単に筆者に教養がないからなのか、それほどに教養が理解を越えてグロテスクなものに成り果てたためか、今はそのことについては何も言うまい。ともあれ、著者は現代の教養をそのように称したわけであり、その答えは本書を通読すればわかると断言するのであるから、ここは四の五の言わずにこの言葉に込められた意味を素直に聞き取るのが道理というものであろう。
自分自身で自分自身を作り上げること、これが著者の定義する教養だ。教養はドイツ語のBildungの訳語である。たとえば、ビルドゥングスロマンの傑作『若きヴェルテルの悩み』という時のビルドゥングのことである。Bildungの動詞に当たるbildenは、「作りあげる」という意味があり、「人格陶冶」「自己形成」といういわゆる教養主義の神髄は、ここからきているという。「教養小説とは、若者がさまざまな困難を切りぬけ、さまざまな人に出会い、男へと成長していく物語」であり、そこで重要視されるのは、「自分自身を作りあげるのは、ほかならぬ自分自身だ」という認識である。それゆえ、「教養は、何より解放の思想」だったというわけだ。
「いかに生くべきか、自分自身で決めなさい」というこのなんとも当たり前と思われる考え。ところが、日本ではそれは当たり前には受け取られなかった。近代化とともにどっと入ってきたヨーロッパ発の教養主義は、その輸入期の端緒から批判の対象となる。教養が常に教養主義批判というかたちでしか存在しない(柄谷行人)というよじれ現象が生じるのである。簡単に言うと、思想書や文学書を読むことによって自分自身を鍛え上げることがビルドゥングスだとすれば、そうした教養主義だけでは自分自身は作りあげられないぞ、という決意がそれとは別の教養主義を醸成するのである。たとえば、大正期から昭和初期にかけて知識人を席捲したマルクス主義は、明白な教養主義批判であったが、裏をかえせば、新たな意味での教養主義のすすめでもあった。また、わが国では、秀才と優等生は、明らかに侮蔑語として機能してきた。ガリ勉と言われて喜ぶ者はいなかったし、難解な哲学書や文学書を読むことは、自分はガリ勉とは違う人間であることを表明することでもあった。ところがである。そうした教養主義批判としての教養主義が、「教養主義」もろともある時を境にして没落したというのである。
「日本的教養の衰退を考えるうえでの分岐点となる」のが、「1969年に発表された庄司薫の小説、『赤頭巾ちゃん気をつけて』であ」り、「この小説は、紛うかたなき教養論なのである」。「女の子にもマケズ、ゲバルトにもマケズ、男の子いかに生くべきか」と初版の腰帯に書かれていたのが何よりもの証拠であり、この「男の子」は良家出身の学歴エリートだけを指していたことからも明らかだという。しかし、当時圧倒的に支持されたこの「男の子いかに生くべきか」が、”赤頭巾”の出現後みるも無惨なかたちで衰弱していく。なぜそうなったのか。その一つが、教養主義のこの複雑なよじれにあったのではないかというのが著者の言い分であり、その鍵を握るのが他者という存在である。自分自身で自分自身を作りあげるためには、他者がそれにどう関わってくるかが重要なポイントとなるのだ。そして、この他者こそ、教養主義と抜き差しならない関係をもつ存在なのである。
教養主義という言葉が今ではほとんど侮蔑語としてしか流通していない中で、自らを「何とか教養によみがえってもらいたい」と願う押すに押されぬ立派な教養主義者だと著者は言ってのける。だが、もとよりあからさまに「教養よよみがえれ」などとは口が裂けても言わないのだ。「不徳の致す所」と自戒しつつも、教養主義をあえて「グロテスク」と形容詞し、それを真っ向から攻撃すらしようとする。著者自ら言うように、ここにあるのは、まさしく近親憎悪のそれであろう。その微妙な距離の取り方が本書の真骨頂ではあるのだが、反面、ある種の分かりにくさを生んでいるのも確かである。その辺りのニュアンスをどう読み取れるかはひとえに読者の力量いかんによる(つまり、教養のあるなしが試される?)。なかなか憎い書き方をするおひとじゃ。
「自分も落ちてしまいたいけれど何とか踏んばって退けているつもりの誘惑、自分も本当はやってみたい恥知らずな振舞い、自分が自分に禁じているこれらのことを、自意識にも苦しめられず、のびのびと行なっている(ように見える)他者にたいして、いわれなき憎悪を抱く」。この「宿痾の近親憎悪に引きずられ、我が愛する教養主義の負の側面をつい強調してしまう」わけだが、「しかし、そのいっぽうで、日本的教養のこの面を見ないかぎり教養復権は不可能である」。「教養や教養主義にたいする著者の態度がいま一つ明確でない、批判なのか擁護なのかよく分からない、と感じられるとしたら、それは、人間をその複雑さのままに示してみたいという本書の願いから」きているものであり、教養は、「この人間の複雑さと切りはなしては考えられない」からだと著者は強調する。
近親憎悪という名の自愛と自虐。この屈折した自我のありようこそが、教養の教養足るところではないか、と言いたいのだろうか。別言しよう。教養とは、自分自身を作り上げるにあたって、「自分自身をどう見るか、他者にどう見られたいか、他者をどう見るか、ということと結びつい」て、「そこから生まれうる、間違った自己理解と他者理解の錯綜した滑稽さ」そのものなのである。そして、こうした教養、教養主義に対する一種独特な認識こそ、きわめて日本的なものだというのが、どうやら著者の言いたいことのようだ。
「教養がある」という形容句は、ふつうそれは文学や芸術についてのたしなみがあることを誉める場合に使用する。しかし、音楽家に「音楽の教養がありますね」とは言わないように、教養は専門の反対語というニュアンスをもっている。それに、教養があるという言い方は、小馬鹿にしたように聞こえるから、人に使うのは控える表現になっているのだろう。教養がほとんど侮辱語としての意味しかないように思われるのは、そんな事情があるからである。著者ははっきりとこう告げる。「教養にも教養主義にも、すでにさまざまなかたちで死亡宣告がなされている」と。しかしというか、にもかかわらずというか、教養論はなかなか滅びない。「教養死すとも、教養論は死せず」。果たして、それはなぜなのか。その深層心理はいかに。著者の関心は、もっぱら教養そのものではなく教養の背後にあるもの、教養を取り巻くさまざまな事柄(それらを人括りに言説というわけだが、)の方に向かっていく。そして、出てきたキーワードがタイトルにもなっている「グロテスク」であった。著者の表現をそのまま借用すれば、教養は、「生きて戸惑い動揺している」のである。「厳粛と言っていいのか滑稽と言っていいのか、笑っていいのか泣くべきなのか分からない」、この状況はまさにグロテスクそのものではないか。
なんだか無性に、また『赤頭巾ちゃん気をつけて』を読みたくなってきた。教養とは生涯縁がなさそうだが、そんな自分もちょっとばかりそれらしい姿を人前にさらすことができたのはあの時代だったから。だが、青春という言葉も教養の没落とともに消滅した。著者はそう言ってせせら笑うにきまっている。
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