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コラム:Up to month

〈趣味〉の政治学

森川嘉一郎
もりかわ・かいちろう - 1971年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、同大学院修士課程修了。早稲田大学理工学総合研究センター客員講師等を経て、現在は同センター客員研究員、桑沢デザイン研究所特別任用教授。専門は建築意匠論。
著書に『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』、共著に『20世紀建築研究』など。


第4回 〈おたく〉という概念(前編)



岡本太郎から宮崎駿へ
 来年開かれる愛知万博では、宮崎駿と押井守が、クリエイターとして動員されるらしい。押井は、中日新聞プロデュース共同館の映像作家として。スタジオジブリは、万博当局から直に要請されて、『となりのトトロ』の田舎家を再現したパヴィリオンを構える。当初ジブリ側は断っていたものの、「自然の叡智」という今万博のテーマを掲げるに当たって、ジブリの参加は不可欠だと、催事総合プロデューサーが何度も説得に当たったのだという。大阪万博において、テーマ館プロデューサーへの就任を要請すべく、万博協会事務総長が骨を砕いて岡本太郎を口説き落としたという話を、彷彿とさせる。
 大阪万博では、文化的な装いを帯びさせるため、岡本太郎、武満徹、安部公房、市川崑、山口勝弘、倉俣史朗ら、回顧的にはもちろん、当時の目から見てもきら星のごとき前衛芸術家たちが制作に動員されていた。かつて前衛芸術家たちが担っていたポジションを、愛知万博では、アニメの監督が務めることになる。ここ数年の間に、国内におけるアニメ(の上澄み)の文化的ポジションは、著しく向上した。両監督の万国博への抜擢が、その出世ぶりを証している。
 なぜ、アニメの文化的ポジションは、かくも上昇したのか。これは明らかに、欧米で権威的な賞をとるようになったからだ。昨年11月に封切られた今敏監督の『東京ゴッドファーザーズ』のパンフレットは、次のような序文で始まる。

 第75回アカデミー賞では、『頭山』(山村浩二監督)がアニメ部門にノミネート、『千と千尋の神隠し』(宮崎駿監督)が長編アニメ部門を日本作品で初受賞という前代未聞の快挙を達成。また、『アニマトリックス』が川尻善昭、森本晃司、渡辺信一郎ら日本アニメ界の名だたるクリエイターを指名して製作されるなど、今や日本発のアニメは、世界の映画界の話題を独占している。
 中でも今敏監督は、日本固有でかつ斬新な映像を次々と世界に向けて提示し続ける最大の注目株だ。第1回監督作品『パーフェクトブルー』(1998年)は、海外で高く評価され、第2作『千年女優』(2002年)は公開前からドリームワークスによる全米配給権取得が決定したほどであった。

 優れているから欧米でも評価された、のではなく、欧米で評価されたから優れている。明治時代には浮世絵が、包み紙から美術品へと、一転して扱いが変わった。そのような評価の構造が、相も変わらず続いている。第1回で述べたように、授賞制度というのは、賞を授ける側が自らの「評価する側」としての立場を顕示し、「評価される側」との関係を制度化する装置なのである。そのことは、留意されるべきだろう。


アニメの上昇とキャラクターデザインの関係

 アカデミー賞をとり、国内におけるアニメの評価の上昇の先鋒をなす宮崎作品を、過去のものから概観すると、そこには興味深い傾向が見て取れる。図1は、ヒロインのキャラクターデザインを時系列に並べたものである。"「萌え」からのチューン・アウト"という縦軸は、要は、おたく好みなデザインからの距離である。初期の『ルパンIII世 カリオストロの城』から『天空の城ラピュタ』までの3作品に登場するヒロイン、すなわちクラリス、ナウシカ、シータは、3人連続でお姫様であり、いずれ劣らぬ美少女的な顔立ちをしている。


図1 宮崎駿作品のヒロインの変遷

出典: (左より)「ルパンIII世カリオストロの城」「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」 「となりのトトロ」(2マス)「魔女の宅急便」「紅の豚」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」

 自作のこのような類型性から意識的に距離を置こうとしたのか、それらの次に発表された『となりのトトロ』では舞台を昭和30年代の日本へ移し、身分も容姿もごくふつうの少女を登場させている。ちなみにこの作品で宮崎は、日本映画大賞とキネマ旬報賞を獲得している。さらにその後、ヨーロッパを舞台に魔法少女と機械整備工少女、中世日本を舞台に狼少女を描いた諸作品を経て、『千と千尋の神隠し』では、性格的にも容貌的にもパッとしない現代日本の少女を主人公にしている。美少女で性格的にも理想的なお姫様ばかり描いていた時期を起点とすれば、そこには、美少女的なキャラクターデザインから意識的に距離を広げていこうとするベクトルが見いだせる。
 同様な傾向は、押井作品の変化に、よりはっきりと見て取れる(図2)。宮崎が『風の谷のナウシカ』を発表していた頃、『うる星やつら』という、現在の萌えアニメの始祖とも言われる作品の雇われ監督をしていた押井は、その後、『攻殻機動隊』にいたるまで、一作ごとにキャラクターデザインからおたく好みな記号性を捨象し続けている。


図2 宮崎・押井作品のヒロインの変遷

出典: 宮崎駿監督作品(左より)「ルパンIII世カリオストロの城」「風の谷のナウシカ」 「となりのトトロ」「千と千尋の神隠し」
  押井守監督作品(左より)「うる星やつら2ビューティフル・ドリーマー」「御先祖様万々歳」 「機動警察パトレイバー2THE MOVIE」「攻殻機動隊」

 このベクトルは、ある種の上昇を指向しているといって、差し支えあるまい。宮崎の受賞歴をみれば、ヒロインが典型的なおたく好みのデザインからはずれればはずれるほど、乱暴な言い方をすればヒロインがブサイクになるほど、高名な賞を受賞している。万博に招聘された両アニメ監督に、そろって同じ傾向が見いだせること。そこには、より広範な趣味の問題に関わるいくつかの構造が潜んでいる。


日本のアニメの分化

 ここで注意が必要なのは、こうした宮崎と押井の"上昇"が、日本のアニメ全体からみたら、特異な事例だということである。日本のアニメのメインストリームはむしろ、『美少女戦士セーラームーン』『新世紀エヴァンゲリオン』、さらには、新世紀に入って急増したいわゆる"萌えアニメ"へと、おたく好みなキャラクターデザインをより先鋭化させる方向をたどった(図3)。『ナウシカ』や『うる星やつら』がつくられた80年代半ばまでは、宮崎・押井アニメも含めてアニメの文化的ポジションに一種のまとまり感があったのに対し、現今では、一方でアカデミー賞をとるような作品が出現し、他方ではおたく好みに特化した深夜枠の"萌えアニメ"が増加するという、分化した状態になっている。


図3 アニメの変遷に見る上昇志向と下方指向

出典: (上段左より)「風の谷のナウシカ」「攻殻機動隊」 「となりのトトロ」「千と千尋の神隠し」
  (下段左より)「うる星やつら2ビューティフル・ドリーマー」「美少女戦士セーラームーン」 「新世紀エヴァンゲリオン劇場版シト新生」「Kanon」

 宮崎・押井に代表されるベクトルを"上昇"とするならば、メインストリームがたどったベクトルは、"下降"ということになろうか。おそらくは表裏一体の両傾向の関係性については、次回、焦点を合わせてみたい。



第5回(最終回) 「〈おたく〉という概念(後編)」に続く



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