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6月4日、新聞各紙に「妊婦はメカジキ・キンメダイは週に2回まで」といった見出しの記事が載った。これは厚生労働省が妊婦への指導などの注意事項の周知を求める通知を出したことに基づくものである。その周知の内容は以下の通りである。
対象:妊娠されている方又はその可能性のある方
内容:
| (1) |
2ヶ月に1回以下(1回60〜80gとして):バンドウイルカ |
| (2) |
1週間に1回以下(1回60〜80gとして):
ツチクジラ、コビレゴンドウ、マッコウクジラ及びサメ(筋肉) |
| (3) |
1週間に2回以下(1回60〜80gとして):
メカジキ及びキンメダイ |
「なお、上記の魚種等を除き、現段階では水銀による健康への悪影響が一般に懸念されるようなデータはない。魚介類等は一般に人の健康に有益であり、本日の注意事項が魚介類の摂食の減少につながらないよう正確に理解されることを期待したい。」とされています。
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バンドウイルカやツチクジラなどを一般の人々が食べるのかどうか不思議だが、正確に読めば誤解のしようがないと思う。それでもキンメダイの値が下がり売上げは減少したらしい。この原因の一つは環境問題に対する誤った思い込み(全て人間の活動が原因)であり、又文章を正確に読みとれなくなった状況があるようだ。
以下メチル水銀の問題について少し書いてみようと思う。もっとも編集子の知識では限界があるので、以下特に引用のないものについては、「中西準子のホームページ」(http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/)と『水俣病の科学』(西村肇・岡本達明、日本評論社、2001年)を主に参考にしている。
まず水銀について見てみよう。「原子量200.59、原子番号80、原子価1、2。地殻中の平均濃度は0.08ppmである。土壌中の水銀含有量は0.03〜0.3ppmであり、自然水中には0.01〜0.1ppb、海水中には0.03〜1.2ppbの水銀が含まれている。」(http://www.dojindo.co.jp/glocal/stndrd.value/sa.htmlより)
水銀は原子であり、人間が合成して作ることはできない。従って元々自然界に普通に存在するものであり、人間の活動によって量が増えたり減ったりするものではない。ただし工業用に使われるので、水俣病のように地域的に濃度が高くなる可能性はある。
水銀の毒性は一般に無機水銀中毒と有機水銀中毒の二つに大別される。無機水銀中毒は金属水銀によるものと無機水銀化合物によるものがある。
金属水銀による中毒はその蒸気を吸入することにより発症し、直接水銀を使う工場や鉱山での職業病として発生する慢性中毒である。無機水銀化合物は塩化水銀T(甘汞)や塩化水銀U(昇汞)などがあり、誤って飲んだり、自・他殺に用いられると急性中毒を起こす。
有機水銀中毒にはメチル水銀(CH3Hg)とフェニル水銀によるものがあり、メチル水銀の方が毒性は強い(『世界大百科事典』より)。有機水銀は農薬として使われたこともあるため、農薬中毒として発症したことがある。最大の被害を出したものは、メチル水銀中毒の水俣病である。フェニル水銀による中毒症状は無機水銀化合物によるものとほぼ同じであり、メチル水銀中毒よりは軽症である。
水銀の毒性は以上のようなものであるが、無機水銀による中毒などは特殊なケースが多く、一般に最も問題となるのはメチル水銀の毒性である。
今回の厚生労働省通知も問題としているのは、このメチル水銀である。水俣病の原因となったメチル水銀は、チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒドの合成に使った水銀(酸化水銀)がメチル水銀となり水俣湾に排出されたものと考えられている。
ただし無機水銀のメチル化はそれだけではない。スウェーデンのイェーネレーブの研究チームは、底泥中の微生物によって無機水銀のメチル化が起っていることを最初に示した。
その後主に淡水系の微生物を中心に研究され、多種多様な微生物がメチル化能力を有することが明らかになった。西村と岡本によれば、海の底泥中においても微生物によるメチル化が起っているという。自然界において無機水銀のメチル化が起きているということは世界的には通説となっている。このように水銀は自然界に広く存在し、又メチル水銀も同様に存在するものであり、決して人間の活動による環境汚染ではない。もちろん水俣のような事例を軽視してよいということでは決してないが。
では、この海水中の水銀がいかにして魚の体内に蓄積するのであろうか。一般には食物連鎖による生物濃縮といわれるメカニズムで説明される。
つまり海水→植物プランクトン→動物プランクトン→小魚→大魚の順に汚染物質が濃縮されるという考え方である。だが釣りを趣味とする編集子からみると、どうも納得がいかなかった。なぜなら小魚を主な食物とする大魚は、フィッシュ・イーターと呼びマグロ、カツオ、ヒラマサ、スズキなど限られた種類のものだからである。編集子の釣りの対象にはこれらの魚は入っていないし、又魚屋の店頭に並ぶ魚の大部分は、その種類と生息環境により様々なエサを食べているからである。この疑問に西村と岡本はカタクチイワシを例に実に明解な答えをだしてくれている。その答えは魚がエラ呼吸をしていることである。特にイワシ、サバ、カツオ、マグロなど「青物」と呼ばれる魚は口を開けたまま高速で泳ぐことにより海水をとり入れ、エラの表面に流すことにより酸素を吸収している。
動物プランクトンに濃縮されたメチル水銀は海水中の10万倍から30万倍といういくつかの調査がある。このプランクトンの生息密度を調査すると存在量は海水がプランクトンの約1,000万倍となる。ここでプランクトンのメチル水銀含有量をAとすると海水はA/30万となる。しかしその取込量はプランクトンを1とすると海水は1,000万となる。従ってメチル水銀の取込量は効率を同じとするとA×1:A/30万×1,000万となり、海水からの取込量がプランクトンからの取込量の30倍以上ということになる。実に単純にして明解である。魚のエサは様々であるが、エラ呼吸のため海水を常に取り込んでいることは全ての魚に共通である。つまり説得力がある。
ただし、これではイルカやクジラなど肺呼吸をしている海生生物のメチル水銀濃度の高さは説明できない。もっとも厚生労働省の発表でもニタリクジラの0.03ppmからバンドウイルカの6.60ppmまでバラツキが多く、エサによる濃縮が主因としても更なる調査が必要であろう。
いずれにしても人為による環境汚染ではなく自然のメカニズムにより、エラ呼吸をしている魚類はメチル水銀を陸上動物より多く含むこととなるようである。従って1,000年前の人間が食べていた魚にもメチル水銀が今と同程度に含まれていたのである。
次にインドマグロやクロマグロでなくキンメダイとメカジキが注意事項の対象となったことについての問題点について述べるが、その前提としてメチル水銀の毒性や現状の規制値などについて整理しておこう。
メチル水銀は多大な被害をもたらした水俣病の原因物質である。だが残念ながらメチル水銀の摂取量と水俣病発症との関係は正確には分かっていない。その原因は当時の調査が不十分であったことと、何の病気でも同じであるが原因物質に対し感受性の高い人と低い人がいるからである。
NHKの生活ほっとモーニングの報道によると、最低発病値(感受性の高い人が比較的軽い症状がでたときの摂取量)は250μg/日・体重50kgとされているらしい。ただしメチル水銀は体内から排出される(半減期50〜70日)ものであり、1年間メチル水銀を摂取しなければ体内濃度は1/64になる。
最近、JECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門家会合)でメチル水銀の暫定的耐容週間摂取量(PTWI:生涯にわたり継続的に摂食したとしても健康に影響を及ぼす恐れがないと判断される1週間当りの摂取量)が3.3μg/kgから1.6μg/kgに引き下げられた。体重50kgの人であれば23.6μg/日から11.4μg/日に下げたことになる。これは胎児への影響を考慮したもので、妊娠に関係のない人は、引き下げの必要はないと思われる。
現在の日本人の常食からのメチル水銀平均摂取量は0.98μg/kgであり、体重50kg、1日当りにすると7μg、NHKの前記報道では8.4μgである。これは国民栄養調査による1日当り食物摂取量(品目別)にそれぞれの食品に含まれると推定されるメチル水銀の量をかけ算して合計したものである。他の毒性のある物質や農薬、食品添加物なども同様の計算をする。従って毎年数字は異なるし誤差も大きい。そのかわりこれらの基準値は危険だと考えられる最低量の更に1/10の量を採用しているので安心してよい。いずれにしても絶対安全ということはないが、現状で問題はない。
だが厚生労働省の今回の注意事項には問題がある。次の3つの表は厚生労働省のQ&Aにある今回の注意事項に至った計算の過程である。
| 問14 |
この注意事項はどのようにして導き出されたのか? |
|
| 答 |
本注意事項は、6月3日の合同部会において、約300種、約2,600検体の魚介類等に含まれる水銀の量の調査結果、わが国における魚介類等の摂食状況等を踏まえて、検討されたものです。
その審議の主な概要については、以下のとおりです。
| 1 |
水銀濃度が高い魚介類等
厚生労働科学研究による調査結果、各地方自治体及び水産庁による検査結果(約300種、約2,600検体)、米国及び英国における検査結果をあわせて解析した結果、メチル水銀の平均が0.3ppmを超える魚種、及びメチル水銀の検査を実施していない場合には総水銀の平均が0.4ppmを超える魚種とその平均水銀濃度は次のとおりです。ただし、わが国と米、英国のデータに大きな差があるもの、メチル水銀量が総水銀量を大きく上回っているもの及び検体数が少ないものについては除外しています。
|
| 魚種 |
検体数 |
メチル水銀濃度(ppm) |
| クロカジキ |
5 |
0.44 |
** |
| メカジキ |
10 |
0.71 |
** |
| キンメダイ |
13 |
0.58 |
|
| サメ |
331 |
0.98 |
* |
| ユメカサゴ |
50 |
0.33 |
|
| インドマグロ |
8 |
1.08 |
|
| クロマグロ |
19 |
0.81 |
|
| メバチマグロ |
16 |
0.74 |
|
| センネンダイ |
10 |
0.60 |
* |
| ツチクジラ |
5 |
0.70 |
|
| バンドウイルカ |
5 |
6.60 |
|
| イシイルカ |
4 |
0.37 |
|
| コビレゴンドウ |
4 |
1.50 |
|
| ミンククジラ |
40 |
0.12 |
|
| ニタリクジラ |
43 |
0.03 |
|
| マッコウクジラ |
5 |
0.70 |
|
|
| 注) |
*:総水銀の値
**:カジキとして、598検体、総水銀1.00ppmという報告あり。 |
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| 2 |
個別の魚介類等の1日摂取量
過去3年間(平成10年〜平成12年)の国民栄養調査から特別集計した、それぞれの魚介類等のわが国おける摂食状況は次のとおりです。
| |
| 魚種 |
摂食量の平均
(g/日) |
摂食者数
(38,849人中) |
摂食者
割合(%) |
| カジキ |
65.3 |
210 |
0.5 |
| キンメダイ |
76.8 |
264 |
0.7 |
| サメ |
60.1 |
18 |
0.0 |
| マグロ |
21.2 |
10,380 |
26.7 |
| クジラ |
88.2 |
24 |
0.1 |
| 魚類の全体平均 |
61.1 |
− |
− |
|
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| 3 |
水銀の推定摂取量
1の魚介類等の平均水銀濃度と2のそれぞれの魚介類等の1日摂食量(不明なものは全体平均を使用)を掛け合わせて、1週間当たりの摂食回数ごとのメチル水銀の摂取量を試算しました。なお、本試算においては総水銀の値しかないものについては、そのすべてがメチル水銀とみなしています。 |
| 魚種 |
メチル水銀摂取量μg/日 |
| 毎日 |
6回/週 |
5回/週 |
4回/週 |
3回/週 |
2回/週 |
1回/週 |
| クロカジキ |
28.73 |
24.63 |
20.52 |
16.42 |
12.31 |
8.21 |
4.1 |
| メカジキ |
46.49 |
39.85 |
33.21 |
26.57 |
19.93 |
13.28 |
6.64 |
| キンメダイ |
44.37 |
38.03 |
31.69 |
25.35 |
19.01 |
12.68 |
6.34 |
| サメ |
58.66 |
50.28 |
41.9 |
33.52 |
25.14 |
16.76 |
8.38 |
| ユメカサゴ |
20.04 |
17.18 |
14.31 |
11.45 |
8.59 |
5.73 |
2.86 |
| インドマグロ |
22.81 |
19.55 |
16.29 |
13.03 |
9.78 |
6.52 |
3.26 |
| クロマグロ |
17.25 |
14.79 |
12.32 |
9.86 |
7.39 |
4.93 |
2.46 |
| メバチマグロ |
15.77 |
13.52 |
11.26 |
9.01 |
6.76 |
4.51 |
2.25 |
| センネンダイ |
36.66 |
31.42 |
26.19 |
20.95 |
15.71 |
10.47 |
5.24 |
| ツチクジラ |
61.74 |
52.92 |
44.1 |
35.28 |
26.46 |
17.64 |
8.82 |
| バンドウイルカ |
582.12 |
498.96 |
415.8 |
332.64 |
249.48 |
166.32 |
83.16 |
| イシイルカ |
32.63 |
27.97 |
23.31 |
18.65 |
13.99 |
9.32 |
4.66 |
| コビレゴンドウ |
132.3 |
113.4 |
94.5 |
75.6 |
56.7 |
37.8 |
18.9 |
| ミンククジラ |
10.58 |
9.07 |
7.56 |
6.05 |
4.54 |
3.02 |
1.51 |
| ニタリクジラ |
2.65 |
2.27 |
1.89 |
1.51 |
1.13 |
0.76 |
0.38 |
| マッコウクジラ |
61.74 |
52.92 |
44.1 |
35.28 |
26.46 |
17.64 |
8.82 |
| 注) |
|
: |
暫定的耐容週間摂取量を基に、魚介類等以外からの摂取量を除いたもの(= 23μg/(人・日))を超えるもの |
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|
: |
暫定的耐容週間摂取量を基に、魚介類等を含む平均的な摂取量を除いたもの(= 15.6μg/(人・日))を超えるもの |
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この表を見てどこに問題があるか、おわかりであろうか。
それは「2 個別の魚介類等の1日摂取量」である。キンメダイの摂食者割合は0.7%であり、マグロは26.7%である。掛け算をすると、キンメダイは76.8g×38,849人×0.007=20.855gであり、マグロは21.2g×38,849人×0.267=219.900gとなる。つまりマグロはキンメダイの10倍消費されているのである。メチル水銀量にするとおよそ15倍となる。それなのになぜマグロでなくキンメダイが問題とされたのであろうか。
摂食者の1人当平均のマグロの摂取量がキンメダイの1/3以下であるのは不思議(おそらくマグロはすしダネとしての消費が多いのであろう)であるが、このような計算では、日本人全体に対する注意事項ではなく、キンメダイを食べる日本人への注意事項である。
国民栄養調査にしても、日本人全体の食品・栄養摂取の状態を知るための調査である。無論一日だけ一部の人を対象とする調査ではあるが、それにより全体を推計するのが統計学である。
全体で平均すればキンメダイの摂食量は0.52g/日であり、マグロは5.7g/日となり何の問題も無い。キンメダイが問題であるならば、マグロを一度に55g以上食べる人も同様に問題である。
小学生でも「ヘンだ」と思うような平均値の計算がなぜなされたのか、大きな疑問である。キンメダイがスケープゴートにされたという見方もあるが、マグロを問題にすると影響が大き過ぎるという政策的配慮であろう。いずれにしてもなぜ今なのかという疑問はあるが、問題はない。しかし注意して勉強しないとだまされる危険がある。
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