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<特集  おいしいとは・うまいとは>

山本隆氏写真 おいしいとなぜ食べ過ぎる?
山本隆
やまもと・たかし − 1944年生まれ。大阪大学歯学部卒業。同大学院博士課程修了。歯学博士。大阪大学歯学部助手、同講師、同助教授を経て、大阪大学大学院人間科学研究科教授。専門は味覚生理学と脳科学。日本味と匂学会会長。日本官能評価学会理事。日本生理学会評議員。日本神経科学会専門委員。河北師範大学生命科学院名誉教授。日本味と匂学会中西研究奨励賞、三島海雲記念財団学術奨励賞、安藤百福記念賞などを受賞。主な著書は、脳と味覚(共立出版)、美味の構造(講談社)など。

1. おいしさとは

 食物は複雑な物理的、化学的性状を備えていて、口にしたときは触感としてのテクスチュアー、冷たい・温かい・熱いといった温度感覚、そして、化学感覚としての嗅覚や味覚などが生じる。これらの感覚情報が統合され、分析された結果、快と判断されればおいしいと感じるのである。


 おいしいという快感は、体に必要なもの、つまり、体に欠乏している栄養素、エネルギー源などを積極的に摂取させるための生理作用の1つである。遺伝子情報に組み込まれているために、生得的においしいと感じさせるものもあるが、経験や学習、あるいは加齢による生理機能の変化により、はじめは特に意識していなかったものをおいしく思うようになる獲得性の場合もある。


 おいしく食べているときの様子を観察してみた。食べ物を口にして2〜3秒もすると、目を輝かせ、顔がほころびにっこりする。そして、うなずき、目を細めたり、閉じたり、うっとりした表情になり、「おいしい」とか「幸せ」とかの言葉を発する。あるテレビ局の世界の宮廷料理食べ歩き番組に登場した女性タレント数名の共通したパターンである。


 ウサギやイヌなどの動物でも、おいしいものを食べたとき、基本的には我々と同じ快の情動を発現するものと思われるが、残念ながら、顔面表情も言語も我々ほど発達していないので外見上は分かりにくい。しかし、黙々と一心に食べるところは人間と同じである。本稿では、このような行動をとらせる脳のしくみを解説したいと思う。



2.おいしいときの反応

 「おいしさ」は食べることにまつわる快の情動であるから、おいしいという感情とともに、自律神経反応、顔面表情の変化、内分泌活動などが生じる。


 食べるという行動はエネルギーを蓄積する作用であるから、自律神経の活動としてみれば、エネルギー発散の行動をとらせる交感神経とは逆の副交感神経が優位の状態になっている。つまり、おいしいとき、体はゆったりと休息し、消化機能が活発な状態である。


 ヒトの新生児の口腔内に各種の味溶液を少量与えて、顔面表情の変化を観測すると、甘くておいしい溶液に対してはにこやかな表情を、すっぱくてまずい溶液に対してはしかめ面を示す。先天的に大脳機能が不全な障害児でも同様の反応がみられることから、味刺激に対する特有の顔面表情は生得的であり、しかも上位脳の関与がなくても生じる反射活動であると考えられている。


 甘味物質を摂取すると膵臓からの血糖低下ホルモンであるインスリンが分泌される。インスリン分泌には、味刺激開始とともに一過性に生じる速い分泌(脳相の分泌)と消化管からの糖分吸収による血糖値上昇に応じて生じる遅い分泌がある。脳相の分泌は味覚神経を介する甘味情報により迷走神経を介して反射性に生じるものである。



3.味を受け取るしくみ
 味は口の粘膜に存在する味細胞で受容される。味細胞の新陳代謝は活発で、7-10日の寿命で次々と新しいものと入れ替わっている。味細胞の表面の膜には少なくとも5種類の受容部位があって5基本味(甘味、塩から味、酸味、苦味、うま味)を生じさせる代表的な物質であるショ糖、食塩、クエン酸、キニーネ、グルタミン酸が特異的に作用する。甘味、苦味、うま味に対する受容体はそれぞれ異なった蛋白質であり、ここ数年の間にアミノ酸配列が明らかになってきた。塩味はナトリウム(Na)イオンのみを通す特異的なチャネルが関与し、酸味のもとになる水素(H)イオンは別のチャネルに作用して、陽イオンを細胞内に流入させることにより味細胞を興奮させる。


 各受容部位はある特定のイオンや分子、あるいは共通の分子構造を認識するものであって、「おいしさ受容体」とか「まずさ受容体」のように嗜好性に特化した受容体は現在のところ考えられていない。


4.おいしさを感じる脳部位

 味細胞が受け取った味の情報は、図に示すように、味覚神経を通って延髄の孤束核という部位に送られ、さらに、視床の味覚野を経由して大脳皮質味覚野(第一次味覚野)に至り、甘い、苦いなどの味の質や強さが感じられる。さらにその情報は扁桃体に送られて、味の好き嫌いの判断やその学習が行われる。また同時に、大脳皮質前頭連合野(第二次味覚野)にも送られ、触覚、温度覚、嗅覚、視覚などの情報とも統合されて食べている物が総合的に認知される。この第二次味覚野は、扁桃体や視床下部(食欲中枢)からも情報を受けるので、好き・嫌いの嗜好性や空腹時・満腹時の嗜好性変化などもこの部で生じるとされている。

図:味覚伝導路

 近年、ヒトの脳の働きを非侵襲的に計測し、画像化することが可能になってきた。第一次味覚野は前頭弁蓋部から島にかけての領域であり、味の好き嫌いは扁桃体が関与すること、さらには、イメージとしてある味を思い浮かべたときに第一次味覚野あるいはその近傍の大脳皮質が働くことなどが明らかにされている。


 さて、いよいよ本題に入らねばならない。おいしいとなぜ食べ過ぎてしまうのだろう?まず、おいしさが強烈すぎる。従って、もっと欲しいと気持ちが高ぶる。そして、がつがつと食べ、止まるところを知らない。こういった図式が考えられるので、以下順を追って考えてみよう。



5.強烈なおいしさ(脳内物質)

 喜、怒、哀、楽の感情は、脳内のある部位にスイッチが入って発現し、スイッチが切れた瞬間に消失するといった単純な神経回路のon-off状態によるものではない。おいしいものを食べたあとの快感についても同じことがいえる。口に入れたときのおいしさは、それを飲み込んだあとも持続する。食事を終えてもおいしさの余韻は残り、満ち足りた幸せな気分となる。これらの気分は、神経回路網をインパルスが流れただけでなく、その持続性は脳内神経活性物質の作用によるものと考えざるを得ない。


ベンゾジアゼピン
 抗不安薬として広く用いられているベンゾジアゼピン誘導体には、抗不安作用や鎮静作用の他に摂食を促進する作用がある。ベンゾジアゼピン誘導体を投与すると、ショ糖やサッカリンなど本来好ましい溶液に対する摂取応答が著明に増加し、キニーネなどのいやな味溶液に対する嫌悪応答は変化しない。つまり、ベンゾジアゼピン誘導体はおいしいものをよりおいしく感じさせるように作用すると考えられている。


麻薬様物質
 βーエンドルフィンに代表される脳内麻薬様物質は陶酔状態を生み、嗜癖性、連用後の依存性などを生じさせる。おいしさの発現からやみつきに至る過程も類似の現象とみなされることから、体内の麻薬様物質の関与が示唆される。実験的にも、麻薬様物質においしさ増強効果があることが示されており、前脳部位の受容体の関与が示唆されている。脳内のβーエンドルフィンは、水や各種の味溶液の中でサッカリンや糖などの甘味物質を摂取したときにもっとも増大することがラットを用いた実験で報告されている。


DBI
 まずいものを摂取したときの脳内物質の候補にジアゼパム バインディング インヒビター (DBI)がある。DBIの働きについては、うつ病やアルコール依存症との関係から研究が進められているが、味覚の嫌悪感に関しては報告がなかった。実際にDBIをマウスの脳室内に投与すると、ショ糖の摂取量は有意に減少するのであるが、この効果は、キニーネを嫌がっているラットから採取した脳脊髄液をマウスの脳室内に投与したときに得られた結果と類似していた。DBIはベンゾジアゼピンレセプターのリガントであり、その生理作用はベンゾジアゼピンとは逆の作用を示すことから、インバースアゴニストに分類されている。おいしさに関与するベンゾジアゼピンと逆の作用を持つDBIがまずさに関与する物質であることは興味深い。



6.もっと欲しい(脳内報酬系)

 おいしいと実感したあとは、そのおいしさをさらに期待してより多く摂取しようという前向きの姿勢になる。このとき働く脳内経路を「報酬系」という。この報酬系の発見につながる実験が1954年アメリカの心理学者オールズとミルナーによってなされた。自己刺激といわれる実験で、例えばラットがレバーを押すたびに脳内にパルス状の電気刺激が与えられるようにしておくと、刺激電極の部位によっては、ラットが1時間に5000回もの頻度で24時間ぶっ通しでレバーを押し、疲労困憊に陥ったという記録もある。


 さて、このときラットはどんな気持ちでレバーを押しているのだろうか?少なくとも嫌な不快な感じはしていないだろう。むしろ、快感が生じるのであって、その快感を求めて盛んにレバーを押すのではないかと考えられる。従って、このような自己刺激部位は「快中枢」とも呼ばれるのである。その後、多くの人が研究を進めたところ、中脳の腹側被蓋野というところに起始細胞を持ち、前脳の側坐核や前頭皮質に投射するドーパミン神経路を刺激すれば自己刺激行動が盛んに生じることが示され、ドーパミン(DA)という物質が快感に関与するという概念が生まれた。そして現在ではこのような神経路のことを報酬系とよんでいる。


 報酬系は腹側被蓋野を起点とし、視床下部外側野を通る内側前脳束を中心とする領域であるが、より具体的には、図に示すように、側坐核、腹側淡蒼球から視床下部外側野に至る経路も含む。中脳腹側被蓋野は、脚橋被蓋核からも入力を受け、前頭部へも広く出力する。側坐核へは、大脳皮質味覚野の存在する島皮質からも入力を受ける。また、報酬系には抑制性神経伝達物質であるGABA(ガンマアミノ酪酸)を含む神経線維も混在している。

図:報酬系

 すでに述べたように、ドーパミン系を電気刺激すると動物はその刺激を求めて盛んにレバー押しをする。このとき快感を生じているのだろうというのが素直な考え方である。しかし、もう一つ別の有力な考え方がある。それは快感に手の届く一歩手前の状態を生じさせているのだというものである。あたかも馬の前にぶら下げた人参のようなもので、人参を求めて走ってもいつも鼻先の一定の距離にある人参が口に入らない状態、すなわち、手に入りそうで入らない欲求不満の状態である。ドーパミン系は報酬が獲得できるまでそれに向かって欲求行動をとらせると考えられるのである。


 といったわけで、近年、ドーパミンはおいしさそのものよりも、報酬を得ようとする欲求や期待に関係すると考えられている。例えば、腹側被蓋野の95%以上のドーパミン細胞を破壊したラットの口の中に、甘い砂糖水や苦いキニーネ溶液を入れて、おいしさ、まずさの指標となる口やあごの動きを分析すると、正常な動物と変らぬ反応性を示すのである。


 つまり、ラットが自主的に摂取行動をするときにはドーパミンが関与するが、受動的に口の中に入れられたときにはドーパミンは関係ないといえる。積極的にそれが「欲しい」と思い、摂取行動を誘発するときにドーパミンが働くのである。ベンゾジアゼピン誘導体やモルヒネを投与したときの砂糖摂取量増大効果は、腹側被蓋野を前もって壊しておくと生じないのであるが、これは「おいしい」ということはわかっているのだが、「欲しい」という欲求が生じなかったからだと理解できる。



7.がつがつと食べる(オレキシン)

 おいしいものなら食が進み、大好物ならたとえ満腹でも別腹と称して食べることができる。おいしさのしくみを考えるには連動する摂食促進作用を無視することはできない。我々は、おいしさという味覚の情動性による摂食促進作用を明らかにするため、摂食促進物質の1つで、視床下部外側野のニューロンが分泌するオレキシンに着目して研究を進めているが、この物質は、甘くて好ましい溶液をより多く摂取させる脳内物質の有力な候補であることが明らかになってきた。


 オレキシンにより摂食、飲水が亢進するということは、消化管活動の亢進が付随している可能性がある。事実、オレキシンを麻酔下ラットの側脳室内に投与すると、数分の潜時で、胃の近心側での「受け入れ弛緩」、遠心側での律動的収縮が観察された。


 一方、我々は、おいしさと消化管活動の相関性を探るための行動実験も行っている。サッカリンで味付けしたおいしいエサとキニーネで味付けしたまずいエサを用意し、ラットにいずれかのエサを一定量与え、2時間後に胃内の残量を測定すると、サッカリン味のエサの残量が有意に少ないことがわかった。このことは、おいしい食べ物はまずい食べ物に比べて、胃での消化速度が速いことを意味している。前述のオレキシンの作用とあわせて考えると、おいしいものを口にした時は、視床下部外側野に味覚情報が送り込まれ、オレキシンが遊離し、覚醒作用とともに摂食行動が誘発され、消化管も活発に活動して積極的に食が進むのである。


 おいしそうなものや自分の好物を見たとき食欲が湧き、おなかがぐーと泣く現象にもオレキシンが関与するものと思われる。例えば、満腹でも甘くておいしいデザートが出ると、ぺろりと平らげることができる。このいわゆる別腹現象は、オレキシンが、甘いものや大好物を見ただけで脳の中に分泌されて、胃の緊張をやわらげる(受け入れ弛緩)とともに、胃の運動(蠕動運動)を活発にすることに関係する。つまり、充満した胃にゆとりが生じるのである。このゆとりが別腹であり、ここにデザートが入るというしかけである。



8.止まらない(満腹物質)

 食べ過ぎて太ったと騒ぎ、ダイエットに励むのは人間である。野生動物は、欠乏していたものが充足すればそこで摂食行動を停止するので、おいしくても食べ過ぎることはない。


 摂食の抑制に関する脳内物質はいくつか知られているが、代表的なものにインスリンとレプチンがある。インスリンは血糖値が上昇すると膵臓のB細胞から分泌され血糖値を下げる働きがある。一方で、満腹中枢に働きかけて摂食を抑えたり、白色脂肪細胞に作用してレプチンを分泌させる。レプチンは強力な摂食抑制作用を有する。つまり、摂食により血糖値が上昇すると、満腹感とともに摂食はストップし、食欲はなくなるはずである。


 事実、満腹したサルに好物のバナナを与えると、見向きもしないか、自分の隠し場所に持っていき空腹になったとき食べるのである。身動きもできないほど太ったライオンやキリンなどを見たことはない。人の場合、他の動物に比べて大いに発達している前頭連合野の働きが本能の行為をコントロールしてしまうところに問題がある。要するに、おいしさの誘惑に弱いのである。


 一方、人では、レプチンは食事のたびに満腹物質として放出され、摂食を停止させるのではなく、日内リズムがあって、夜間の摂食行動を抑えるように働くとか、体の脂肪蓄積量に応じたより長期的な摂食抑制作用をするといった報告がある。人では動物のように食事毎にレプチンによる強力な摂食抑制効果を期待できないのかもしれない。



9.おいしさの効能

 「おいしく食べて元気に老いる」ことは一番の理想である。ところが、加齢とともに味覚や嗅覚の異常を訴える人が増加する。その症状としては、感度が鈍っているので味を弱く感じる、食べ物の味を濃くしないとおいしくない、比べても味の微妙な違いが分からない、といったことがある。さらに、何の味か何の匂いか答えられない、あるいは本来の味や匂いと別の答えをする、口の中に食べ物が入っていなくても味(苦味、金属味など)がするといった症状もある。その結果、食べてもおいしくない、食欲が出ない、食べる物が決まってしまう、その結果、不十分な食物摂取、栄養不良、体重の減少、抵抗力の低下、致死率が高まる、と悪い方向ばかりになる。


 対策としては、この低下した味と匂いの機能を補って、おいしく食べることを考える必要がある。おいしくするためには食べ物の匂いや味を強めることである。そのためには、食品そのものの匂い成分を添加したり、グルタミン酸ナトリウムを添加するのがよいとされている。ハーブやスパイスなどの香辛料を使って味や匂いを強めても効果的ではない。これは食物本来の味を強めるのではなく別の風味に変えてしまうからである。


 おいしく食べる効果としては、まず免疫機能の向上がある。つまり、血液中の総たんぱく質量が増え、白血球が増え、唾液中のイムノグロブリンが増え、総合的に判断して体の免疫機能が向上しているのである。2番目には、QOL(生活の質)の向上ということで、食欲不振の改善、おいしく食べられる、食事が楽しくなる、昔の楽しかった思い出がよみがえる、塩分が少なくてもおいしいと感じるといったことが挙げられる。3番目には、体の機能が改善することで、心身ともに元気が出る、視力がよくなる、唾液分泌が促進されるといった報告がある。


 おいしいものを食べるというのは、年をとってからも大切なことである。栄養のことだけを考えるのではなく、日々を元気に過ごすためには、おいしい物をおいしく食べることが肝要である。そして、適量で抑える強い意志も必要である。



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