中村桂子先生講演会「21世紀は生命の時代−生命誌の視点から」

日時:2004年10月29日(金) 18:30〜20:00
場所:サントリーホール(東京都港区)


主催:財団法人塩事業センター

会場風景

   人間と塩のつきあいは、じつはそんなに古くはないんです。世界のさまざまな文化を調べてみると、意外にも塩をあまり必要としない人々がいることがわかります。少なくとも人間は、食塩という形で外部から補給しなくても、乳や肉から塩分を摂る手段を持っていました。とはいえ、重労働で汗をたくさんかけば、どうしても塩が必要になる。塩が極端に体から失われると、即、いのちにかかわります。そこで、私はこんな仮説を立てました。農業は、狩猟採集などとは比較にならない大変な重労働です。人間は農作業をするようになって塩を必要とするようになったのではないか。農業化の過程が塩味に対する嗜好を生み、文化としての塩味嗜好を育ててきたのではないかと。
   塩味に対する欲求は、生理的な問題であると同時に文化の問題だと思います。体が欲しているということもありますが、やはり嗜好の問題として考えるほうがいいんじゃないか。慣れ親しんだ嗜好は文化に深く根づいています。やはり塩味がある程度ないと物足りないと思ってしまう。健康問題も重要ですが、塩の嗜好は、文化の問題と考える方がいいのかもしれません。


 財団法人塩事業センターでは去る2004年10月29日(金)、石毛直道先生をお迎えして講演会を開催いたしました。

 当日は約300名もの熱心な受講者の皆様にお集まりいただき、好評のうちに会を終えることができました。ご来場者の皆様、関係者の皆様に改めて御礼申し上げます。

 石毛先生にご快諾・ご協力いただき、当日お話しいただきました興味深い内容をここに講演録として公開できるはこびとなりました。皆様のご参考にしていただければ幸甚です。

財団法人塩事業センター

石毛直道氏写真
講師:石毛直道(いしげ・なおみち)
国立民族学博物館名誉教授、農学博士

 1937年千葉県生まれ。京都大学文学部史学科卒業。同大学人文科学研究所助手、甲南大学文学部教授、国立民族学博物館教授等を経て1997年同館館長に就任。2003年からは国立民族学博物館名誉教授にして世界の食文化研究の第一人者として執筆・講演などに活躍中。著書に『食事の文明論』、『魚醤とナレズシの研究 −モンスーン・アジアの食事文化−』(共著)、『食べるお仕事』、『サムライニッポン −文と武の東洋史−』他多数。



石毛直道先生講演会「塩味の民族学−しょっぱいはおいしい−」講演録



憑依するキツネと塩
   今日は「塩味の民族学」ということで、「しょっぱい」という味についてお話をいたします。初めにちょっと遠回りをして、キツネの話をしたいと思います。

   私は今から30年くらい前、島原半島で民間信仰の調査をやっておりました。当時、島原半島にたくさんいた巫(ミコ)さんに、お話を聞いたのです。巫さんというのは、霊能者とでも言いましょうか。神様がお降がりになる人で、いろんなお告げをして、人々の悩みを救ったりします。普通、神社の巫女さんといったら女の人ですが、島原の巫さんには男性もたくさんいます。

   その中で、キツネに騙された話をたくさん聞きました。たとえば島原半島の真ん中に雲仙岳という近年大噴火した山がありますが、その麓にある町で聞いたのは、雲仙の麓の野原を歩いていると、キツネに騙されて道を失ったりするという話です。あるいは、結婚式の帰りなどに雲仙の麓を歩いていると、急に手に持った荷物が重たくなって、そのうちなくなってしまう。キツネは島原の人たちに言わせたら大変意地汚い動物だそうで、結婚式帰りの重箱のご馳走なんかをよく狙うんだそうです。

   キツネに化かされそうになったら、キツネ除けに一番いいのはたばこを一服吸うことなんだそうです。それから重箱の上に塩を一掴み置いておくと、キツネは塩をいやがって化かすことをしないとのことです。

   人を化かすキツネよりも、もっと執念深い性質の悪いキツネがいて、ヤコといいます。漢字では野狐ですが、これはただ化かすのではなく、人に取り憑いて、乗り移った人に大変異常な行動をさせます。常識で考えられないようなことを喋りだしたり、大きな生の魚に塩もつけずに、頭から丸かじりするとか。ヤコの中ではハカヤコ(墓野狐)というのがよく知られています。ハカヤコはお墓の近くに住んでいるキツネで、お墓に葬られた人々で成仏できない人の魂が、キツネを媒介にして人に乗り移るわけです。

   ハカヤコに取り憑かれた人が巫さんのところに行くと、巫さんは「道開け」をします。その人の話を聞いて、どうしてだろうと考えるんです。そしてお祈りしているうちに、巫さんにも神様が乗り移ります。神様は人によって色々で、仏様が乗り移る人もいれば、八幡様が乗り移る人もいる。一番多いのはお稲荷さんの神様が乗り移る人ですが、とにかく乗り移ると巫さんも、普段とはがらっと行動が変わります。

   巫さんのお告げは、たとえば、「死んだお父さんが成仏できないで迷っている。あなたはもう年を取ったのに、まだ独身で縁談もない。それが気になってお父さんは、成仏できないの。そのためには、お寺に行ってお坊さんに頼んで供養してもらいなさい。それから何日間かご位牌の前で朝晩お念仏を唱えなさい」というようなアドバイスです。それをやっていると、信じた人は治ってしまう。

   治ったあと、次はお父さんの魂を乗り移させたハカヤコを満足させないといけないので、ハカヤコに好物の食べ物をあげて、それで後腐れないようにしなさいというアドバイスをします。どこそこのお寺のどの辺にそのキツネはいるから、そこへキツネの好きな食べ物を持っていけと。ヤコの好きな食べ物というのは、やはり油揚げ、それから天ぷら。天ぷらといっても魚や野菜を衣をつけて揚げたものではなく、薩摩揚げのことです。それから生卵、赤飯です。

   ところが、ヤコの棲み家に持っていく食べ物には、塩や醤油を使ったらダメだと言うんですね。ですから赤飯にゴマ塩をかけることはしません。油揚げも醤油で煮ることはせずに生のまま、そういったものを置いていくわけです。


神格化されたキツネと塩
   ヤコの中には、大変野心的なヤコがいます。ヤコではなく、お稲荷さんのお使いの白いキツネ(白狐)になりたいという野心を持っているヤコです。ヤコは黒い毛皮をしていると言われますが、お稲荷さんのお使いのキツネは白いんです。白いキツネになって、稲荷の社の鳥居の向こう側にいったら、人々に禍をもたらすヤコではなくて、人々から拝まれる存在、敬われるキツネになる。そういった白キツネになりたいと。

   そういうヤコはどうするかというと、夜中に稲荷の社のところで鳥居の八艘飛びをすると言われています。ところが稲荷には鳥居がたくさんある。稲荷から現世利益を授かった人々が、お礼に捧げものとして建てたものです。ヤコは鳥居を飛び越えようとするんですが、たくさんある鳥居を飛び越えることはできても、最後の鳥居だけは飛び越えることができない。それでも諦めないキツネが人に取り憑くと言われています。

   いろんな巫さんがキツネ落としをしても落ちない場合は、取り憑かれた人は社や神棚をつくって自分で稲荷をお祀りすることになります。普通、神社というのは、勝手に自分でつくるわけにはいきませんが、稲荷信仰ではできるんです。伏見稲荷でお鏡をもらって、家の中や庭に小さな社をつくって、そこに鏡を入れてその前に小さな鳥居を立てる。それで自分なりの稲荷を祀るお社をつくってあげると、乗り移っていたキツネは稲荷の使者となり、今度はその人にいいことをもたらす、福をもたらす存在になると言われています。

   お祀りしたら、やはりいろんなお供物をあげるわけですが、ヤコに対するお供物は塩や醤油といった塩味を付けないものでした。ところが白いキツネになって稲荷の使者になったキツネには、人間が食べるのと同じように赤飯にはゴマ塩を振り、油揚げも醤油味で大抵煮るわけです。お神酒も社の前にお供えされるようになる。動物は酒を飲まないけど、白いキツネになったら人間とまったく同じ、あるいは人間よりもちょっと格の上の神様の使者になったわけです。そうするとお神酒も飲むんだということになります。

   こうなってみますと、ただの野生の動物であったヤコには塩味は禁物だと。しかし人間、あるいは人間以上の存在になったヤコは、人間と同じように文化をもっている動物として、料理をした食べ物、とくに塩味がついた食べ物を食べることになるわけです。


塩を必要としないサル、必要とする人間
   ここからちょっと動物のお話になっていきます。動物でも、甘い味を好む動物がいます。昆虫でも砂糖水ばかりに寄ってくる。甘味というのはエネルギーの信号なのです。甘味を含んでいる食べ物は炭水化物で、消化が早くてすぐにエネルギーに変わる。そういったことで甘味を好むということは、よくあるわけです。

   さて塩味はどうか。牧場でウシやヒツジのような草食動物に塩を出すと、人に寄ってきて、塩を舐めることが知られています。生物はすべて昔、海から生まれたため、海水には塩分がありますから、それを生物が引き継いでいるというわけです。動物は体の中に塩化ナトリウムを含んでいます。それで、塩をあげたら好ましい味として舐めるのかもしれません。

   しかしながら、動物が自分で塩をつくったり、塩を求めて旅をするなんていうことはないわけです。塩をつくりだしたり、それから遠いところまで塩を求めて塩を採りに行くのは人間だけ。それで現在では、人間にとって塩はまったく生きるのに欠かすことができない、どうしても必要なものだと考えられているわけです。塩なしでは人間は生きられないと我々は普通考えてきた。

   ではなぜ塩が必要なのかということです。これは私は文科系の人間ですからまったく専門外のことですが、生理学的にいうと、人間が植物性の食べ物を食べると、植物に含まれるカリウムがたくさん体の中へ入ってきます。そのカリウムが汗や尿になって体の外に排泄される時に、体の中のナトリウムも一緒に持ち出してしてしまう。そこで体の中にナトリウムが不足するようになり、不足した分は塩化ナトリウム、つまり塩という形で摂取しなければいけないと、生物学的には説明されているようです。

   ところが、サルは塩なしで暮らしています。これをどう考えたらいいか。人間の祖先はチンパンジーのような高等類人猿の仲間から進化して、人間になったと言われています。では、サルの仲間だった人間の祖先が、今のような人間の体になる時に、突然、塩を外から摂らなければならないような、体の構造の変化があったのかどうかということです。

   私は昔アフリカ研究をやっていましたから、アフリカでチンパンジーやゴリラの研究をやっている仲間たちがたくさんいます。そういった霊長類学者で、人間の進化について研究している人に、このことを尋ねてみましたが、どの霊長類学者も「そんなことはありえない」という答えでした。


動物の乳、肉、血から塩分を摂る民族
   実は、塩を知らない民族というのは世界中に案外たくさんいるんです。たとえばアフリカの有名なマサイ族。彼らはウシを飼って、ウシの乳を飲んだり肉を食べている牧畜民ですが、塩を摂りません。現在のマサイなら、現金経済もちょっと入ってますから、都会に移住した人々は塩味の食べ物を食べていますが、ケニアだとかタンザニアの奥地に住んでいるマサイ族の人々は、伝統的な生活では塩というのはほとんど摂りません。

   京都大学の名誉教授で、WHO国際共同研究センター長も務め、コーカサスなど世界の長寿地域の人々の食生活を調べている家森幸男さんという医学博士がいます。最近、カスピ海ヨーグルトの紹介でも有名になった人ですが、その家森さんは、マサイ族を何年も何年も調査しています。家森さんに私がお聞きしたところ、マサイ族は確かに塩を摂っていないと。彼らはウシの乳を搾って生の乳を飲み、ヨーグルトに近いような乳酸発酵させた乳も飲んでいるので、必要な塩分はミルクから摂っているんだろうという答えでした。

   私は35、6年前に、東アフリカで8カ月ほど、マサイ族の敵にあたるダトーガ族を調査しました。ダトーガ族は今はタンザニアの内陸部のエヤシ湖という奥地に住んでいますが、もともとはもっと北のほうに、マサイ族と隣り合ったところにいて、言葉もマサイと同じ言語系統です。大変戦闘的な人々ですが、マサイとの長い戦争の果てに、マサイに敗れて南へ移り、エヤシ湖の辺で生活をしています。50年くらい前だったら、マサイとダトーガが出会った途端、槍で戦っているでしょう。

   ところが暮らしはマサイとまったく同じです。ウシを飼って生活を立てている。植物性の食べ物というのは大変少なくて、乳は完全栄養品ですから、ミルクとミルクでつくった乳製品が一番の栄養源のわけです。私はダトーガ族の中で一緒に暮らしていましたが、ほとんど塩を摂りません。

   でも、塩を手に入れようと思ったら、入らないことはないんです。東アフリカの乾期は半年くらい続きますが、彼らが住んでいる近くのエヤシ湖にも、雨が全然降らない長い季節があります。そうすると、水がどんどん蒸発して、真ん中にちょっとだけ水が残るだけで、もう岸辺はほとんど干上がって、ソーダ分の白い結晶が固まります。遠くから見るとまるで雪が降ったように白く、干上がった湖の底にずっと厚いソーダ分があって、私はその上をジープで走ったりしました。

   そのソーダを舐めると確かにしょっぱいんです。これはやはり塩分を含むと考えられる。その他いろんなソーダ分があるので、ちょっと残っている水で水浴びをすると、肌がつるつるになります。ソーダにはNaCl、ナトリウム塩を含んでいるに違いないのですが、塩が手に入るのに、滅多に使うことはしない。  ダトーガ族がそのソーダ分を何に使うかというと、嗅ぎたばこです。たばこの葉っぱを農耕民から手に入れて、乾かしたものを石でポンポン突いて粉にします。そこへ粉末にしたソーダを一緒に混ぜて、鼻の穴の中にほんのちょっと入れるんです。クシャミが出るほど刺激があるんですが、そういった嗅ぎたばこに使う。調味料ではないんです。  ダトーガ族とほぼ同じところに、ハッザという狩猟採集民がおります。狩猟採集民というのは、家畜も飼わないし、農業もしない、何で食べているかといったら弓矢で獣を倒しその肉を食べる。それから自然にある木の実だとか、木の根っこ、そういったものを食料にしているわけで、これは農業を人間が始める前、旧石器時代の人々と同じ生活です。今の世界でそういった生活が見られるところはほとんどありません。

   ハッザ族は、今なら肉を鍋で茹でる料理もしますが、今から50年前には鍋がなかったんです。土器、素焼きの鍋の役をする土器ですが、これもなかった。というのは、ハッザの生活は獣を追って転々と場所を変えるため、土器みたいな壊れやすくて重たいものを持って歩くわけにはいきません。そうすると肉を食べる時は焼き肉ばかりでした。肉を茹でる時にも塩は入れません。味付けは何もなし。

   何もなしと言いましたが、実は調味料が1種類あります。クサムラカモシカのような草食獣が獲れた時、その腸の中身をしごき出して、それを焼いた肉に生のままくっつけて食べるんです。腸の内容物といったら聞こえはいいんですが、別の言い方をしたら製造過程にあるウンコですね。ですからこれは糞のにおいが強烈にします。それから胆汁が入っているから苦いです。しかしそれをわざわざ付けて食べている。明らかに、付けたほうがおいしいと思ってたべているわけです。それで塩は使わない。

   日本でも、秋田のマタギは腸の内容物を調味料的に使っていました。ノウサギなんかの腸をしごいて、料理して茹でたり何かする時にそれをちょっと入れる。一番おいしいのは、今は禁猟になっていますが、5月頃の若芽を食べたカモシカの腸の中をしごいたもので、若芽の香りがして大変においしいということを、聞き書きで読んだことがあります。

   ハッザの人々は家畜を飼ってないから、乳搾りができません。じゃあ塩はどこから手に入れているのかといったら、結局は外部から塩という形では摂っていないけれども、彼らが食べている動物の肉や腸、血液には塩分が含まれていますから、それで何とかやっていけているわけですね。

   ハッザと同じような、農業や牧畜をする前の時代、旧石器時代の人々はどうだったかというと、旧石器時代は百万年以上続きましたが、今の考古学の証拠で知ることができる限り、海の水から塩づくりをしていたということはまず考えられません。岩塩などを、ある地方の人は利用していたんでしょうけども、とにかく塩を積極的につくったりする技術はまったくなしで、人類は百万年以上生きてきたわけです。

   日本で塩づくりが始まったのは縄文時代からで、塩をつくるには海水を煮詰めるということが大事なので、土器がないとなかなか塩はつくれません。土器は新石器時代になってからできたものだからです。しかし、あとで言いますように、塩水から土器なしでも塩はつくれるんです。それでも日本考古学でわかる限りは、塩づくりを始めたのは縄文時代の後期から晩期で、それも日本中でつくっていたわけではなさそうです。縄文時代が終わろうとする頃、関東地方と東北地方では塩水を土器に入れて、それを煮詰めて塩をつくっていたらしいということがわかっています。しかしながら西日本のほうでは塩をつくった証拠は、縄文時代ではまだ発見されていません。

   塩づくりをしない民族、あるいは塩を食べない民族というのは他にもいます。たとえばイヌイット(エスキモー)の人たちは、雪と氷が多い北極海の近くに住んでいるのですが、内陸に住んでいる時は別に塩を使っていません。南太平洋の民族、ポリネシア、トンガ諸島だとか、昔のハワイ、タヒチ、あるいはニュージーランドだとか、マルケサス諸島、こういった南太平洋の人々も、海辺に住んでいる人は塩水くらいは使ったでしょうが、別に塩づくりをせずにずっと生きてきました。アメリカインディアンにも、塩なしで暮らしてきた民族がたくさんいます。


パプアニューギニアの3種類の塩
   パプアニューギニアの北東海岸に、トロブリアンドという島があります。ここは人類学者にとっては、マリノフスキーという近代人類学をつくった人が調査をしたことで有名な場所です。私も機会があって、そのトロブリアンド島へ行くことがありました。

   ある集落で、朝になると女の人たちが何人も団体で海へ行くのを見ました。トロブリアンド島は大変開けたところで、ビール瓶の空き瓶だとかいろんな瓶があり、それを持って行くんです。海辺で瓶に海水を詰めて持ち帰り、帰ってきたら朝御飯の支度に取りかかる。ここの主食はヤムイモで、日本のヤマノイモの親戚みたいなイモです。それを土器に入れて煮る時に、真水と海から汲んできた塩水を半々に割って、それで塩味をつけて煮るんです。だからわざわざ塩を買ってくるということはしない。

   ニューギニアは大きな島で、世界ではグリーンランドに次いで大きな島です。ニューギニア島の西半分は、イリヤンジャヤといってインドネシア領のニューギニアになっています。私は学生の頃、ニューギニア島の西半分の中央高地の学術探検に従っておりました。その山の中は殆ど外部の人間が入ったことがない。信用できる地図もまったくない場所です。その時に一緒に行った朝日新聞の本多勝一さんという方が『ニューギニア高地人』という本を書いておられます。

   ニューギニアの食べ物を調査する目的ではなかったのですが、気になって調べたところ、ニューギニアで塩味が3種類ありました。白人がやってきて、白人が街を海岸につくったりして、現金経済が通用するところでは、輸入品ですが、我々と同じような塩を使います。外部からの塩が入らないところは、トロブリアンド島の例で言ったように、海辺の人は海水を塩味に使います。それから所々山の中に塩の出る泉があるので、そこで塩づくりをします。もう1つは植物を焼いた灰の中にしょっぱい味があります。それを塩味に使う。

   これは1963年の探検の時ですが、山の中の奥地の、入り口から何日も歩いていったところにクムパという場所がある。そこはニューギニアの山の中に住んでいる高地人にとっては、わりとよく知られた場所ですが、そこに塩の泉があります。浅い池みたいなものですが、そこに塩分を含んだ水が湧きだしている。一緒に行った探検隊の人がそれをサンプルとして集めて分析しましたが、確かにこれは塩化ナトリウムの塩です。  これからどうやって塩をつくるかというと、女の人がつる草のようなものを集めて、それを一昼夜、泉の水に浸けておきます。それを取り出して乾かして、薪と一緒に池のそばで燃やすわけです。そうすると塩水を含んだ植物が燃えた灰の中に、小さな塩の結晶が残ります。それを手で摘むわけです。だから大変非能率な塩づくりで、灰混じりの黒い塩ですが、これはニューギニアの高地で大変な貴重品で、1.5キロくらいの塊で(といってもほとんどが灰ですが)ブタ一頭と交換できます。ブタはニューギニア高地で一番の貴重品で、ブタが数頭あったらお嫁さんが買えます。それほど塩は値打ちのあるもので、これが塩を生産しない地域に、部族から部族へと物々交換で伝わっていくわけです。

   ある村で私は34日間滞在し、村の人々とほとんど同じ食事をしましたが、その間に現地の灰混じりの塩を使ったのはわずか2回だけです。だからほとんどの食事は塩味なし。では他の調味料はあるかというと、それもなしです。そこの主食はサツマイモで、サツマイモの葉っぱがおかずでした。サツマイモやサツマイモの葉っぱには、カリウムが大変多いんです。しかもそこは動物があまりいないところで、動物性の食料はほとんど獲れません。

   塩がない地帯だと聞いて、私たちは食塩錠というのを持っていったんです。昔、溶鉱炉で働く人が飲んでいたやつですが、純粋な塩の塊みたいなものです。ところが土地の人々は、その灰混じりのあまり強い塩味ではないものに慣れているので、私が現地語で「これは塩だから舐めてみろ」と言うと、口にしてすぐみんなバッと吐き出して、「これは塩じゃない」と言うんですね。そういった純粋の高濃度の食塩を知らない人々だったわけです。


カリウム過剰でもカリウム塩を摂る
   ニューギニアの高地は、動物性タンパクを摂らない民族が住んでいるということで有名で、日本でも大阪市立大学の先生方がその調査に行かれたことがあります。その結果、本当に動物性の食べ物をわずかばかりしか食べていない。それでいて、たぶん1.5キロのその灰入りの塩の塊を一家族でだいたい1年以上持たせている。そういったことを考えると、カリウムをたくさん食べているのに、塩の摂取量が実に少ないということになります。

   ニューギニアの海岸から遠い内陸部、塩の泉もないような場所では、植物性の塩をつくります。ツリフネソウの一種を薪と一緒に燃やして、その残った灰を集めて瓢箪の中に入れます。瓢箪の底に小さな穴があけてあり、上から水をポタポタ垂らすと、それが塩分を溶かして瓢箪の底からポタポタ落ちます。そのしょっぱい液を、土器のないところなので竹の樋の中に入れて、熾火の上に置いて水を蒸発させる。それで残った結晶、それはしょっぱい味です。

   ところが分析結果のデータを見ると、これは塩素が42.7%ありますが、カリウムが50.1%、ナトリウムが0.5%以下であるという。他のデータでも、ニューギニアでつくる植物性の塩は、重さでいったら50%くらいがカリウム塩で、ナトリウムは3%くらいしか入っていません。

   動物性の食べ物が少なく、植物性の食べ物を主食とおかずにして、ナトリウムを摂る機会が大変少ない。だからカリウム過剰になっているはずなのに、カリウム塩を食べる。これは火事を消すのにガソリンをかけているみたいな話です。しかしながら、それでも人々はちゃんと生きています。台湾のタイヤル族という部族でも、植物性のカリウム塩を摂っているという報告があります。

   こうしてみると人間には本当に塩が必要なんだろうかと言いたくなってきます。つまり食塩という形で外部から補給しなくても、乳や肉からいろいろ人間は塩分を摂る手段を持っていた。それから人間の体というのはその環境によって適応するもので、本当に塩欠乏でも結構生きている人々がいるんだということになります。

   とはいえ、我々だったら重労働で汗をたくさんかいたりしたら、水をただ飲んだだけではダメです。昔の溶鉱炉の労働者は塩の錠剤を飲んでいたし、下痢で脱水症状になった時は塩分を摂らないといけない。出血多量の時にはやはり食塩の入った生理食塩水を摂るとか、リンゲル液もそんなものです。そういったふうに現代の我々にとっても、塩が極端に体から失われると、命にかかわるということも確かにあります。しかし塩がこれほど人間になくてはならないものになったのは、人類の歴史の大変古いところ、旧石器時代あたりに起源があるとは、考えられないわけです。


農業化と塩への生理的欲求
   もしかしたら、こう言ってもいいのかもしれません。人間が農業を始めるようになると、植物性の食べ物に頼ることになる。そうするとカリウムをたくさん摂る。どうしてもこれは塩を摂らなければならない、ということになってくるかもしれません。

   私は以前、塩辛や熟鮨(なれずし)の研究のために、東南アジア中を回ったことがあります。日本人もそうですが、東南アジアの稲作民族というのは、植物性の食べ物であるお米を文字通りの主食として、いっぱい食べます。おかずはほんのちょっと、塩辛いものがあったらいい。それで口の中で塩辛さをやわらげるために大量のお米を胃袋に送る。お米はパンに比べて必須アミノ酸のバランスがいいから、お米をたくさん食べたら、微量成分は別として、とにかく体を持たせることはできるんです。そうすると稲作民族は、必ずどこかから塩を補給する手段を持っています。東南アジアの奥地でも、塩の補給手段があります。

   モンスーン地帯の稲作民族は、インドを除くと牧畜をしません。ですから家畜を飼い、家畜の乳を利用することも、肉を食べることも大変少ないわけで、動物性のタンパク質といったら魚です。魚もかつての東南アジアの人々にとっては、海の魚よりも淡水魚が重要でした。そういった生活で一番のおかずは野菜です。淡水魚の塩辛や、塩辛からつくった魚醤を調味料にして、野菜と一緒に食べる。魚醤は日本の味噌や醤油より、かなり塩辛いものです。米と野菜という植物性の食べ物をたくさん食べる人間にとって、塩はどうしても必需品であったわけです。

   農業は狩猟採集に比べて重労働です。狩猟採集民というのは、案外労働してないんです。国際シンポジウムで、人類学者が集まって、世界中の狩猟採集民の労働時間を討議した結果では、狩猟採集民族は平均すると4時間しか働いていない。それに対して農業というのは、とにかく額に汗して長時間働かなければいけません。とくに稲作農業というのはかなり労働がきついもののわけです。そこで農業社会になると、ナトリウムの塩というのが大変重要になってきます。


生理的欲求から文化的嗜好へ
   そこでひとつの仮説ですが、農業化の過程で塩味に対する嗜好が育ってきて、文化としての塩味嗜好、塩味のするものだったら何でもいいというので、実は生理学的には矛盾するカリウム塩まで摂るようになったのではないか。この辺は、私はサイエンティストではないので、生理学者に伺いたいところです。

   塩味に対する欲求は、生理的な問題であると同時に文化の問題、つまりこういう味がおいしい味だという、文化が決めているようなところがあります。昔、織田信長が足利将軍家を滅ぼした時に、三好家という大名に仕えていた大変有名な天下一の料理人が捕虜になります。信長が料理をつくってみろというので、足利家は京都の公家との付き合いがあったため、薄味の料理を好んだのでその味つけで信長のためにつくったら、「こんなまずいものを」と怒って殺されそうになりました。2度目は田舎風の濃い味付けにしたら、信長が大変気に召した。つまり都の働かない人々の好みと、田舎の味付けというのは、もう料理の味も違っていた。そういった慣れ親しんでいた味というのが大事なわけです。

   私は子どもの頃に東京周辺で育ちました。それから関西へやってきて、私は料理が好きなので結婚してからも料理はよくつくっていたんですが、初めの頃は京都育ちの女房が、「あんたの料理はしょっぱくてしょうがない」と。それが40年も関西に住んでいると、私の料理も関西の薄味嗜好になり、この頃、東京の料理を食べると何かしょっぱいという感じがするんです。

   つまり、味の嗜好というのは長い時間をかけてつくられます。塩味の嗜好というのも、生理学的に体が欲しているかどうかというよりも、嗜好の問題として考えるほうが正しいんじゃないかという気がするわけです。

   かつて世界のいろんなところで塩は貴重品でした。日本でも塩の道というのがありますし、塩尻なんていう地名もある。塩が運ばれてくる。あるいは大陸だともっと遠いところから塩を運んでくる。そうすると塩は大変な貴重品であったわけで、そういったところでは塩分の摂りすぎで成人病だとかそんな話は、あまりなかったのではないかと思いますね。

   現在では、塩は一番安い調味料になっています。おまけに現代の日本人、我々は、あんまり汗をかいて労働することもなくなった。そうすると、生理学的な問題としてはそんな塩を摂らなくてもいいかもしれません。しかし慣れ親しんだ嗜好の問題、やはり塩味がある程度ないと物足りないという、そういった嗜好として、我々は体が要求する以上の塩味を摂っている。で、それが健康問題ということになっているのかもしれません。

(了)


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