塩風土記
塩風土記
■宮崎県と塩■
近世における宮崎県の塩田は、河川下流部の小干潟を干拓造成した入浜式塩田で、小規模に分散しており、陸水の影響で効率が悪かったことから、県内の生産数量が少なく、九州地方の他県および瀬戸内海方面から多くの塩を移入していた。特にこの地方では赤穂塩(兵庫県)を使用する習慣があったとされている。
【名所・史跡】
鵜戸神宮(うどじんぐう:日南市)
五柱の御祭神の中の一柱として塩づくりの塩筒々大神(シオツツノオオカミ、塩土老翁)が祭られている。地元では親しみを込めて「鵜戸さん」と呼ばれ、人々の信仰を集めている。海岸の断崖の海蝕洞の中に本殿が建つという特異さがよく知られ、日南海岸の観光地のひとつとして訪れる人も多い。日本神話に語られる山幸彦・海幸彦の伝説の舞台となったといわれている場所でもある。
製塩土器
現在、県内64の遺跡で見つかっているが、日向国府のあった西都市や日向十六駅の救麻駅のあったと推定される宮崎市熊野等当時の官道及び駅の推定地を中心に分布。高千穂町と須木村だけが官道からは外れた場所にあたり、山岳地帯を横断するルートとも、あるいは神社等の祭りで使った等とも推測される。
(近藤義郎編『日本土器製塩』)
【その他】
塩の流通に伴う習俗
鹿児島県姶良郡帖佐・加治木の塩売りは、10月になると馬に塩の荷を着け(塩負馬)えびの市に来て、新しい籾と同量交換した。また、えびの市方面には、子供が元気で育つために、塩売りを親分に頼むと良いという伝があり、盆正月には塩売りに鏡餅を贈る習わしがあった。
(亀井千歩子『塩の民俗学』)
【学びの場】
道の駅・北浦(延岡市)
戦後の一時期に行われた揚浜式塩田(自給製塩)を復元し、当時の揚浜式塩田の製塩用具等を展示している。
