技術の変遷

鉄釜(平釜)

西洋式の塩釜にならってつくられましたが、従来の石釜より生産性が高かったため急速に普及し、大正末期には瀬戸内海沿岸の塩田のほとんどが鉄釜になりました。

資料提供:たばこと塩の博物館
[ 構造 ]
3×4mの角型の結晶釜とやや小型の予熱釜からなっており、発生した蒸気は大気中に放散される開放型。

[ 生産性及び規模 ]
-昭和10年頃-
塩トン当り石炭消費量  :1300~1400Kg
一昼夜当りかん水消化量 :7~9kl